SIDE:T
ふいにまぶたの裏が虹色に染まるのを感じた。
薄く開けた目から差し込む光は新しく清らかでそれが朝日だということに気づいたが極限に疲れていた体にはまだ眩しすぎて、はもう一度目を閉じ枕に顔をうずめた。
いくら体力勝負のガンマ団勤めであってもここ数日続いた引越しの準備や荷ほどきは任務とは違った体力を使った気がするし互いの両親や仕事の上司への挨拶回りはとても気疲れするものである。ようやくひと段落した休み、もう少しゆっくりしていたい。はゴロン、と一つ寝返りを打った。

「……あれ?」

結婚して共に生活する上で互いに約束事を考えたとき、
俺より先に寝てはいけない、とか
俺より後に起きてもいけない、とか
そういう注文は何一つつけなかった彼だったがこれだけは絶対譲れないと買ってきた大きめのダブルベットにトットリの姿はなく、半分はぽっかりと空いていた。

「今日、休みって言ってたのに……」

基本的に休みなどあってないような仕事だとは十分知っていた。総帥直属のトットリほどともなればなおさら。前々から申請していた休みも、一本の電話で急に遠征に早変わりなんてことも珍しくないのである。大方トットリは朝から黒髪の俺様総帥にどやされて仕事へ行ったのだろう、とは推測した。
段々頭の中がクリアになり、眠気も薄れてきたのではまた目を開けもう一度寝返りの要領で体を回転させてトットリが寝ていたあたりに移動した。まだそこはほんのり温かくて、ここから離れたのがそんなに前ではないことを感じさせる。何事もなければトットリはまだこのベッドの上に居て、この温かさだって直接感じられたはずなのに。寂莫感がチリっとの胸を刺す。
その時、朝のまどろんだ空気を引き裂くようにリビングから金属の何かが崩れるような音が響いた。
は驚くほどの速さでベッドから飛び起き、身構えた。泥棒?それともガンマ団に私怨を持つ何者かの仕業?神経を集中させてドアの向こうにあるリビングの様子を探る。

「あー。やっちゃっただわいや……」

しかしドアの向こうから聞こえてきたのは先ほどまで想いを馳せていた人の間の抜けた声。

「え?トットリ?」

がドアを開けるとリビングにいたのはトットリで、彼はの姿を見るなりビクっと体を震わせた。

「うわっ!いつの間に起きたんだらぁか?」
「あれだけ大きい音が鳴ったらさすがに起きるよ。で、何してるの?」

先ほどの大きな音の元凶だろう。なぜか床には鍋やフライパンが散乱していてそれをを拾いながら聞いた。トットリの視線がふわふわと揺れる。

「え、えっと……その、たまには僕が朝食を作ろうと……」

手に持った小鍋をキッチンに置くとトットリがつぶやいた。料理が趣味でも得意でもないトットリがこんなことを言うなんて明日は何が降ってくるんだ。

「どうしたの急に。私のごはん、おいしくなかった?」
「違うっちゃよ!の料理はいつもおいしいわいやっ!だけど、最近疲れ気味だし、朝ゆっくりしてもらいたかったし……」

そこまで言うと一呼吸おいて、トットリは照れたような笑顔を向ける。

「それに、家事を手伝うのも夫の務めだっちゃわいや」
「トットリ、ありがとう」

が手を伸ばすとトットリは優しくその体を包む。

、今度はの番だっちゃ」
「私の番?」
「そう、お嫁さんの朝の務めは?」
「……もう」

はありったけの想いをこめて「おはようのキス」をした。
==お帰りは窓をとじて==
2019/10/29 加筆修正