SIDE:A
勤務を終えたアラシヤマが一目散に帰る場所はガンマ団の寮……ではなく、小さいながらも高級感のあるマンションの一室。ドアを開ける真新しい鍵が、心友(と一方的に思っている)現総帥や仲間の虐めに耐えた末やっと掴んだ幸せの形だった。

ー!ただいまどすぅー!」
「お帰りアラシヤマ!」

エプロン姿にスリッパをパタパタと鳴らし玄関まで迎え出たのはアラシヤマ最愛の妻、である。

「はぁ……ええどすなぁ。わての事をお帰りって迎えてくれはる人がおますやなんて……」
「はいはい、それより早くごはんにしましょ。今日の夕飯はちゃん特製、豆腐ハンバーグよ!アラシヤマ、あっさり系の方がスキって言ってたから豆腐ハンバーグにしてみました」
「おおきに、そら楽しみどすな~」

アラシヤマの謙虚すぎる嘆きはいつもの事。は軽くあしらって部屋の中へと促した。
自室で制服からラフな部屋着に着替えリビングに戻ると、アラシヤマを出迎えたのテーブルの華やかな夕餉。空腹を刺激する香気と温かな湯気が立ち上る中でひときわ目を引くのは、やはりが言っていたハンバーグ。拳一つ分……どころではない大きさだ。

「またえらいでっかいのん作らはりましたなぁ」
「だって大きくないと書きにくいんだもん」
「書きにくい?」
「そ、仕上げ」

はそう言うとハンバーグの上にソースをかけて、その上からケチャップで

ア ラ シ ヤ マ

と名前を書いた。

「こんなにかけたらちょっとしょっぱいかな。……ま、いっか!はい、夕食完成!どうぞ召し上がれ~!」

はアラシヤマに、にっこりと笑顔を向けた。
確かに顔は整っていて美形の部類に入るものの、卑屈で根暗で人間関係に異常な固執を見せると評判のアラシヤマとはどうして結婚しようと思ったのか。は上に挙げたようなアラシヤマのマイナス面は人間にはどうすることもできない彼の運命のせいだった、と認めていたからだ。
感情が高ぶると発火する特殊な体質から、幼い頃から両親ではなく特戦部隊のマーカーに預けられて育った、というのは前々から聞いていた。彼の不器用すぎる性格も他人との繋がりに執着するのもただ、与えられるべき時期に与えられるはずの人から与えられる愛情が乏しかっただけなのだ。それは誰が悪いわけでもない。ただ彼は数奇な運命が重なった星の下で生まれたゆえにこのような性格にならざるを得なかったのだろう。そうしないと生きていけなかったのだ、きっと。
そう思うとアラシヤマを愛するのは全く難しいことなどないしお互い恋い慕う気持ちがある今、寄り添って生きていくのに何の問題もない。そうは解釈している。

「うっ…………!!ほんまおおきに!もうわて、いつ死んでも後悔せぇへんどす!」
「これくらいでそんなリアクション取られたらこっちが恥ずかしいわよ!」

ガタイの良い大人がハンバーグに名前書いてもらったくらいで……と思いながらもはこんな風に子供にするような、誰しも幼い頃の思い出として頭の片隅にあるようなことを逐一アラシヤマにはやっていた。少しでも彼の心を埋めることができるのなら、そう思って。
現にアラシヤマの喜びようはもうすぐ三十路を迎える男とは思えないくらい凄まじく、それを見る度に彼の育ってきた環境を思い寂しい気持ちがよぎると共に息が詰まるような幸せもは感じるのであった。
まだケチャップを持ったままテーブルのそばに立つをアラシヤマは突然抱きすくめる。

「ほんまにわて、あんさんと一緒になれて幸せどす」

アラシヤマが吐きだした声は帰って来た時のような甘えた声でもなくたまに見せる男らしいものでもない、今まで聞いたことのないような体の奥から絞り出した弱弱しい叫びだった。
==お帰りは窓をとじて==
2019/10/29 加筆修正