HappyBirthday!:October 12 

いつもとんがり帽子に黒いマントをはおっているウィローくんは想像を裏切らずガンマ団きっての魔法使いである。

ドアの隙間からウィローくんのデスクを覗き見ると昼休みにも関わらずサンドウィッチを片手で頬張りながらハリーポッターに出てくる様な分厚い本を熱心に読みふけっている。相変わらずの勉強家ぶりは感心を通り越して少々心配にもなるが普段のウィローくんは任務に出ているかラボに籠って何日も缶詰になっているかのどちらかなのでこうしてデスクに座っている事自体もしかすると彼にとっては休憩に相当する行為なのかもしれない。

「ウィローくん」

ドアを開けて呼びかけてみるが返事はない。
私は更にウィローくんへと近づいた。

彼の近くに寄るとつん、と薬品の匂いがする。薬品と言っても病院に置いてある化学薬品の匂いではなくてでも、漢方のような東洋的な感じでもない。もっとエキゾチックな……ハーブやスパイスの類と似た香り。なんだか不思議な匂いだけれど、私はこのウィローくんの匂いが好きだ。

「ねぇねぇウィローくん。ウィローくんってば」
「あーっもう!やかましい!!」

ウィローくんは大きいけど鋭く尖った瞳で私を一睨みすると、またすぐ手元にある分厚い本へと視線を移した。マジック元総帥のご子息……今の総帥を連れ戻しに長期任務へ赴いた後は前より少し目元が穏やかになった気がするけれど、それでも私に対する態度は以前と変わらず、いや、もしかすると以前よりも冷たい。

「ご、ごめん」
「何の用だがね。ワシゃあ今手が離せんでね」

そう言うウィローくんの注意はもちろん私ではなく本に集中している。私は手に持っていた包みを、そんなウィローくんからでも見えるようにコトンと机に置いた。

「ウィローくんこれあげる」

ウィローくんはかぷり、と味噌カツサンドを齧った。

「なんだがやこりゃあ」
「ウィローくん10月誕生日でしょ?プレゼントだよ」
、ワシの誕生日何日か知っとりゃーすか?」

私はぐっと言葉に詰まった。誕生日を知らないからじゃない、知っているからこそ答えられなかったのだ。ウィローくんの誕生日は12日。だが今日は……。ウィローくんと私の遠征任務が綺麗にずれこんで、かろうじて10月であるものの12日なんてとっくに過ぎていた。
黙っている私を見て大方検討の付いたらしいウィローくんははぁ、と大きくため息をついた。

「他に用がありゃせんのならさっさと帰りゃあ。邪魔だがや」

私のプレゼントには目もくれず言い放つウィローくん。
ウィローくんのこの言葉はなんだか妙に私の胸を突き刺した。

「ごめんなさい」
?」
「邪魔してごめんなさい。遅くなったけどおめでとう」

サッと太陽が陰るように、重たい霧がどんどん自分の胸の中で濃くなってゆくのが分かった。
元々クールな言動が目立つ彼だからジョッカーくんやどん太さんみたいに手放しに喜んでくれるとは思っていなかったけれどさすがにここまで邪険にされると、悲しい。それでなくても好きな人からの言葉は、些細なものでも普段の何倍にも膨れ上がって心に届くものなのだ。

綿を押し込まれたみたいにつまる喉から私はどうにかそれだけ絞り出してウィローくんの元から走って帰った。私を抱いていたウィローくんのあの匂いもふっと手を緩めて私を送り出す。カチャリと椅子の鳴る音がしたけれど、私には気にする余裕がなかった。

ウィローくんに贈った包みの中身はフラスコだった。
どんな実験をしたらそうなるのかよく分からなかったけれどウィローくんは常日頃ビーカーやフラスコがよく割れて替えを買うのが手間だ、とぼやいているのを聞いていたからだ。ガンマ団から予算は下りないわけではないが、その中には薬代や材料費も含まれているから失敗が続くと自腹で買わなきゃいけないこともあるんだとか。
彼の言い草から察するに、どうせ近いうちに割られてしまうのだろうから無意味なこだわりだと言えばそれまでなのだが、ただ、いくら相手が欲しがっていたものだとしてもなんのひねりもなしに普通の実験器具をプレゼントするのは気がおさまらなかったので目盛りの数字が普通のものより可愛いフォントで書かれていて、口の部分には星型の模様が入っているインテリア調のフラスコを私は選んだ。

悲しいような寂しいような恥ずかしいような、色んな負の感情が体の中をぐるぐると巡ってちょっとでもつついたらすぐに泣き出してしまいそうな気分だった。しばらくはこの落ち込んだ気分の中にじっと埋もれていたかったけれどそれでも昼休みが終わるチャイムは私の気持ちに関係なく鳴り響き、仕事も次から次へとやってくる。あまりさっきの事は考えないように、仕事の忙しさへ身を任せることにした。

しかし運命とは恐ろしいもので。

仕事が終り、私服に着替えて帰ろうとした時廊下の向こう側から背の高い金髪の美青年がどたどたと走って来た。

「おっ、!いいとこにおったべ!」
「ミヤギさん、お疲れ様ですっ」

普段から何かと世話を焼いてくれる上司であるミヤギさん。お先に失礼します、と続けて声をかけようとしたが、ミヤギさんは私の顔を見るなりなぜかほっとした様子で近寄って来た。

~帰ぇるとこ悪ぃんだけんどもこの資料、名古屋のういろー売りんとこ持ってってくれねーべか?」
「え?」
「おら今からシンタロー達と会議して、すぐ任務さ行がねといけなくなったんだべ!それで……」
「ミヤギィーッ!!テメェもう3分遅刻してやがるぞ!俺様を待たせるたぁいい度胸じゃねぇかアァ?!」

ミヤギさんが言い終わらないうちに近くのドアがバタン!と音を立てて開き、中から顔を出した総帥が、廊下中に響き渡る大声で怒鳴り散らした。

「げっ、シンタロー……。頼むべ!」
「わ、分かりました!ミヤギさんご無事で!」
「お礼は今度萩の月で払ってやっかんな!」

『ご無事で』の言葉に任務とこれから始まるであろう会議、両方の意味を込める。ミヤギさんはすれ違いざまに私の頭をぐしゃりとなでると総帥の元へと走って行った。

うまい具合に底へと沈んでいた記憶が一気に浮上する。私はまたもやウィローくんのデスクがある部屋へと向うはめになってしまった。
出来ればウィローくんに会いたくなかったので足取りは重い。苦々しい気持ちで昼と同じようにドアの隙間から覗くと不幸中の幸いか、ウィローくんの姿は見当たらなかった。無意識に安堵のため息が口から飛び出る。ウィローくんが戻ってくる前に机に資料を置いてすぐにでも帰ろうと
彼のデスクへ歩み寄ったのだが、机の上を見るなり私は言葉を失った。
ウィローくんの机の上には昼にはなかった小さな花が飾られていた。店で並んでいるような花ではなく、河原の土手沿いにでも咲いているような何てことのない草花だ。切り口も手でちぎったようにねじ切られているのを見てもどこかの店で買ったりもらったものではなさそうだ。
そしてそれが生けてあるのは間違いなく私の贈ったフラスコだった。

窓から射す西日を受け、机の上へ映る茜色のさざなみの中で真っ黒に光る星型がいやに目に焼きついた。その星は小さな花をあてがわれ、確かに輝いていたのだ。

■CLOSE■