HappyBirthday!:February 06
「ジョッカーく~ん」
「さん!」
部屋のドアがカラリ、と控えめに開けられた。
粗暴な男ばかりの団内でこのようにドアの音を立てるのは彼女しかいない。ジョッカーは自分の名を呼ばれるよりも先にドアの方へと振り向いた。コツコツと低いヒールを鳴らして自分へ近づいてくるのは思った通り、だ。は目が合うとにこりと顔をほころばせ、ジョッカーのデスクの前まで歩み寄った。
「例の素行調査のやつね、予定とかいろいろ決まったから伝えに来たんだけど今時間あるかな?」
「大丈夫だべよ」
「ん。じゃあこれからおねーさんが今度の任務の説明をします!分かんないことあったら何でも聞いてね」
団内では珍しい女であると、特に年齢の低いジョッカーは二人並べば言葉通り『女子供』であり、潜入捜査や素行調査など自分の素性を隠す必要のある仕事にかけては他の誰よりも適役だった。そういうわけで二人は組んで任務にあたることが多いのだがジョッカーはまだ10歳にも満たない子供。 が上から聞いた任務概要を後にジョッカーへ旨を伝えるのが常であった。
ジョッカーにとってはよく分からない人だった。
団内にいる他の人間より自分と歳の近いは彼女の童顔さや気さくさも相まって同年代の友達のような感覚を抱くのだが、今のように自分では全く分からない資料をすらすら読んでいたりするとやはり年上なのだと感じる。大きく手を振って自分を呼んだかと思えば、「おねーさん」だなんて一人称を使ったりする。母とも違う、同級生とも違う人。その不確かさを感じた時、ジョッカーは時に戸惑い、時に心臓を掴まれたような気持ちになるのだった。
説明を聞きながらジョッカーはをまじまじと見つめた。顔立ちは幼く「大人」か「子供」かと聞かれれば間違いなく「子供」なのだが全体的に薄く化粧が施されており、言葉を紡ぐ唇はほんのりと薄桃に彩られている。
が話しながら不意に顔へかかった前髪を大きくかきあげた。
風に乗ってふんわりと届いたリンゴのような甘く爽やかな香りがジョッカーの胸が大きく跳ねあげる。ぼうっと彼女を見つめていたジョッカーの意識が現へと引き戻されるその瞬間だった。
「……ジョッカーくん?」
「ひゃっ!は、はい!」
突然(でもないのだが)声をかけられたジョッカーは驚いて握っていた鉛筆を落としてしまった。乾いた音を立てて床に落ちた鉛筆をは拾ってジョッカーへ手渡す。
「説明分かりにくかったかな?」
「ち……違います!」
「ふふ、まあとにかくこの写真のオッサンがアヤシイお金を受け取ってたら捕まえるだけだし
難しいことはなにもないから安心してね」
「分かってるべ!それまでさんと見張ればいいんだべや?」
「そういうこと。もー!ジョッカーくん賢いから、おねーさん大助かりだわっ!!」
「わー!さんー!!」
は突如手を伸ばし、ジョッカーの体をぎゅっと引き寄せる。お気に入りのぬいぐるみにするように頬をすりよせるとすぐにジョッカーの頬は、彼の出身地の特産品のごとく真っ赤に染まった。
なんだか嘘がばれた時と似ているような、でももっと幸せな波。潮の満ち引きのように寄せては返す胸の高鳴りが初めて芽生えた淡い淡い恋慕の感情だということを少年はまだ知らない。
- 「タイダル」
- 2011/01/13→2019/10/24加筆修正
- 窓を閉じてお帰りください