HappyBirthday!:March 12 

「いや、これは実に興味深い。こんなマニアックな本を手元に置いていたなんてさすが、いいシュミですねぇ」
「ありがとう、とっても嬉しくないわ」

が部屋の片づけをしていたら本棚の奥から出てきたもう読まない本。パラパラとめくってみると彼女の上司であり恋人の高松が好きそうな内容だったので試しに渡してみると、案の定いたく気に入った様子でこの1週間何度も何度も彼はずっとその本の文字ばかり追っている。
真剣を通り越して貪欲さえ感じる高松の読書ぶりには胸の奥で黒く燻ぶる感情を感じずにはいられなかった。彼が目を向けているのは女でなくただの本なのに。その本は自分の持ち物なのに。それ以前に彼はすでにのものだというのに。

「ねえ高松。寂しさに効く薬ってないの?」
「ありませんよ、そんなもの。どうかしたんですか?」
「別に」

珈琲の入ったカップをスプーンでくるくると混ぜながら涼しげな顔で答えたを見て『ああ』と高松は納得した。
の持つカップの中にミルクも砂糖も入っていないから。

「薬はないですが、治療法なら知ってますよ」

でも、と付け足して垂れた目をへと向けた。
スプーンを持つ手をぴたりと止めても高松を見た。
高松はおもむろに近づくと痩せたの肩をそっと抱き、口付けた。
スモーキーなニコチンの苦みと生身の人間の体温は
の神経へとダイレクトに情報をもたらす。

「寂しかったんでしょう?私が本ばかり読んでるから」
「ええ、そうかもね」

脳天が溶けだしそうなキスの後唇を離すとぼんやりと、でも隙のない瞳を細めては笑った。
抜群のプロポーションと顔のパーツ、配置、そして底の見えない深い瞳。彼女の吐き出す言葉とは裏腹に、甘えるどころかまるで眼鏡をかけたレディ・アンのように人を寄せ付けない雰囲気さえ纏うを見てそんながらんどうで尖った瞳が好きだ、と高松は思っていた。

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