HappyBirthday!:May 12
太陽は猫の足取りで地平線へと沈みゆく。
が外へ出た頃にはうっすらと空が暗色に染まっていた。
「すっかり暗ぇな」
「それでも日が落ちるの、遅くなりましたけどね」
西の果てで燃える、今にも飲み込まれそうな茜色と同じ色したスーツを身にまとった長髪の男は階段を降りてくるとに聞こえる程度の声でポツリとつぶやいた。すぐに一台の大きな高級車が二人の前に停まり、中の運転手が後部座席のドアを開ける。シンタローは慣れた様子でどっかりと乗り込んだ。
「総帥、明日は8時から会議ですからくれぐれも遅れないように」
「ったく、わーってるよ」
車のドアに近づいてが最後の忠告を口にするとシンタローはまるで反抗期が始まった子供のように顔をしかめた。
「、お前も帰るんなら乗ってくか?」
「そうしたいのは山々なんですが、どこかの某総帥様がコタロー様のところにばっっっかり行っておられる間、溜まってしまった仕事がまだ残っておりますので」
「ハハ……悪い悪い」
「それでは」
「あ、ちょっと待てよ。そう言えばさぁ……」
「え?」
ドアを閉めようとしたを制してシンタローはもごもごと口を動かした。だが紡がれた言葉は不明瞭での耳には入って来ない。今いる位置より一歩、シンタローの傍へと歩み寄るとシンタローは思いっきりの腕を掴み引っ張った。
まるで子供がするような、かすめるだけのキス。
唇に押しつけられた感触はチュッと音を立ててすぐに離れていった。
仕事中は常に堂々としていてマジック様に負けない威厳さえ感じる場面もあるというのに、一歩建物を出ればすぐこれだ。大勢の人の上に立つ総帥ともあろう男がどうしてこうも行動が子供じみているのだろうか。きっと向き直った時には悪戯っ子の様に笑っているに違いない。何と文句を言ってやろうか。それとも反応を見て楽しんでいるだけなら何食わぬ顔で無視した方がいいだろうか。
は一瞬で様々な考えを張り巡らせていた。
しかし唇の離れた瞬間、は目を見開いた。
の予想に反して頼りない街燈に照らされたシンタローの顔は真っ赤に染まっていたからだ。
「……んだよ」
「いえ」
シンタローはそそくさと車の奥へと乗り込んでしまって表情は見えなくなった。これは”報酬”?それとも彼自身の”意思”?どちらにせよ、「あの島」から戻って来て以来ずっと肩肘張って大人を勤めている彼が見せた相応の表情だった。
「車!出してくれ!」
運転手に向かって叫ぶシンタローの声を合図に遠ざかる車を見送った後、心なしか先ほどより穏やかな顔つきでは仕事へと戻っていった。
「おやすみなさい総帥……いえ、シンタロー。また明日」
- 「暮れなずむ黄金の春」
- 2011/01/13→2019/10/24加筆修正
- 窓を閉じてお帰りください