HappyBirthday!:February 14
コツコツと響く軍靴の音が私のすぐ後ろで止まる。
振り向くとシンタロー総帥が妙ににこやかな表情で後ろに立っていた。
「よお、整備士ちゃん」
「……なんですか総帥」
嫌な予感がした私はすぐに修理中の艦に向き直り作業を続けた。今朝の天気予報も日本列島は雪だるまでいっぱい。厳しい冷え込みの続くこんな時期は普段に増して艦の故障が多くなるから
私たち整備士の忙しさは尋常じゃない。現に今、格納庫の整備士たちは私を含めてんてこ舞いなのだ。
背中で暗に拒否の意を示して見たものの、そんなものは牽制にすらならない。総帥の紡ぐ一言は私の身を脅かすのに十分だった。
「俺の艦4時間後にまた出るから至急メンテよろしく」
「よ、4時間?!次お使いになるのは明日っておっしゃってましたよね?!」
「予定が変わったんだよ!予定が!」
私は軍手を取ってチリチリと痛むこめかみを押さえた。総帥専用の艦は他の艦と違いグレードが高いのでメンテのできる人間が限られ時間もかかるしおまけに特別なシェルターに格納してあるためそこへ行くまでのセキュリティチェックもかなりめんどくさい。
「総帥、ただでさえ人手不足で今ものすごーく忙しいんです!簡単に艦ばっかり飛ばさないでください!」
「んなこと言ったってバスや電車で任務に行くわけにもいかねぇだろうが。敏腕整備士、ちゃんの腕を見込んで頼んでんだよ~。やってくれるだろ?」
「そりゃあ、それが仕事ですから言われればやりますけど、でも!常にこちらもギリッギリだってことは肝に銘じてくださいね!!」
「へーい」
このように現場の忙しさなど微塵も知らない総帥や戦闘員方はこっちの都合などお構いなしである。それに振り回されながらも人命を乗せるものである以上完璧の仕上がりを求められるのだから、整備士というのは本当に因果な仕事だと思う。私は総帥の背中を見送ってから腕のいい部下に声をかけると先にシェルターへ向かわせた。
総帥専用艇にしか付いていないレーダーの調整にはこれまた専用の機材が要る。それらと追加の工具も準備して後を追うと廊下の曲がり角で突然天地がひっくり返った。一瞬なにが起こったのか分からなかったが、激しい音を立ててこぼれ落ちる工具と右腕の鈍い痛みで何かにぶつかったことは理解できた。
「いたた……」
「すまない、大丈夫?」
落ち着いた男の声に上を向くと目に飛び込んできたのは印象的な切れ長の青い瞳。シルクの如く流れる髪は細く、薄い金色が上品さを一層引き立たせている。手垢のついた表現だが陶器のような肌は微塵も年齢を感じさせることがない。
「さ、サービス様ぁ?!」
「君は……ふふ、いつもご苦労だね」
「も、申し訳ございませんでした!急いでいて、私……」
まさかサービス様にぶつかってしまったとは!すぐに立って頭を下げるとサービス様は首を横に振り、にこりと笑顔を見せた。もう一度頭を下げて、あたりに散乱した工具を拾い集めていたら横でサービス様も腰をかがめた。私は慌ててサービス様に声をかける。
「サービス様!私が拾います!その、それ、かなり汚れてますので」
いつも軍手で握っている工具は整備や修理の油や錆びがしっかりくっついている。ぶつかっておいて更にサービス様の手や服までも汚してしまえば私はどうして罪を償えばいいか分からない。しかしサービス様はそんなこと気にならない様子でスパナやレンチを拾い上げると私に手渡した。
「そりゃあ仕事をしていれば汚れもするだろうさ。僕は大丈夫だから気にしないで。ん、これで全部かな」
「ありがとうございます。では私はこれで……」
「ちょっと待って」
全て工具箱にしまい終わり、シェルターへ向かう私をサービス様は呼び止めた。やはり怒っておられるのだろうか。なにか失礼なことを言ってしまった?おそるおそる振り向くとサービス様はまるで天使のような、神々しいくらい美しい笑みを浮かべて私を見ていた。
「君はいつも真剣に仕事をしてくれているね。君の整備する艦は不具合が起きないと評判だよ、丁寧に艦を見ていてくれてありがとう」
「い、いえっ、そんな……恐縮です!」
サービス様はおもむろに近づくと、細い指を突如私の額を滑らせた。驚いてぎゅっと目をつぶると、スッと冷たい感触が前髪をなでる。
「ご褒美だ。良かったら使ってくれないか」
私の前髪に小さな薔薇のピンが留められていた。
「え、い、頂いてよろしいのですか?」
「そのために買ったものだから」
「ありが、とう、ございます……?」
「やはり僕の見立て通り似合っている。とても可愛いよ、」
ついさっき拾っていただいたばかりの工具が、また盛大な音を立てて転げていった。
- 「夢のFUTURE」
- 2011/01/13→2019/10/24加筆修正
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