HappyBirthday!:January 12
ガンマ団開発課の仕事はグンマ博士のお守り、といった印象があるが実際は新しい武器弾薬からネットワークセキュリティソフトまで様々な開発を担っており、殺し屋集団を謳うガンマ団にとっては核とも言える重要な部署である。特に優秀なものや能力に長けた者が集められ、志望者の競争率も他の部署より群を抜いて高い。
つまり、のように見事試験に合格し、開発課へ転属する者が現れれば皆労いの言葉を持って門出を祝うもので
「!おらは絶対認めねーかんな!!」
このような罵声が飛ぶことはそうそう無い。
「男の嫉妬は見苦しいわよミヤギ!」
「嫉妬ぉ?!その自己中な考え方、士官学校ん時から全っ然変わってねーべな!」
「事実を述べただけでしょ!」
総帥室からその足で吉報を知らせに来たに、他の仲間の祝福をさえぎって放たれた「みたいなアホはどーせすぐクビになんべ」が発端となって始まったミヤギとの口喧嘩。睨みあう二人の間に入ってなだめる周りの声も徐々にその無意味さを悟り一つ、また一つと消え、最後のトットリの声すら聞こえなくなってもなお諍いは激化する一方だった。
「棟だって最新鋭の別館だし、空調の効いた室内の仕事がほとんどだし?うらやましいのは分かるけどねぇ~」
「なーに訳分がんねーことさ言ってんだべ!!」
「じゃあなんでおめでとうの一つも言ってくれないの?シンタローもアラシヤマもトットリも素直に喜んでくれたのに!」
いつまでたっても鳴りやまない応酬にいいかげんうんざりしたアラシヤマが口を開こうとしたその時、ガラリと部屋のドアを開ける音が二人の口を一瞬閉ざした。中からむくりと姿を見せたのは会議帰りのコージだった。
「遅くなってすまんのう!」
「あ、コージさん!」
「んー?なんじゃあ、二人して」
皆がデスクに座り、黙々と仕事をこなしている中でミヤギとだけがただならぬ雰囲気で立っているのを見ると、コージは疑問を隠すことなくきょとんとした顔を見せた。そんなコージに間髪いれずは話しかける。
「コージさん聞いてください、私開発課の試験受かったんです!」
「おお、ほうかーおめでとう。来年からは開発課様じゃのう」
するとコージは先ほどの表情から一転、ニコリと笑うと豪快にの頭を撫でた。
はその様子を見せつけるように、したり顔でミヤギの方を向く。
「じゃけぇがおらんようなると寂しくなるのう。そうじゃろ?ミヤギ」
二人の動きがぴたりと止まった。
「ななななんでおらに振るだべか!」
「ん?そがぁな話ここでしちょったんと違うんか?ぬしらが一般課で一番仲良いけぇの」
「ちっ、ちが……誤解です!!」
「そうだっちゃコージ!それに一般課で一番の仲良しはベストフレンドの僕とミヤギくんだっちゃが!」
「忍者はん!これ以上話をややこしせんといとくれやす!」
「わ、私、その、準備があるから!!」
急に態度がぎこちなくなったはスプレーで固めたような笑顔を張りつけたままバタバタと部屋を出て行ってしまった。
「…なにしょんやは?」
「ははは!!ナイスコージ!!!」
その後の追い風のように男の笑い声が響く。ミヤギがムッとして振り向いた先にはなりゆきを傍観していた青年が一つに束ねた黒い長髪を揺らして腹を抱えていた。
「んだべシンタロー!」
「いやいや、素直じゃねぇなーって思ってさ。寂しいなら寂しいって言やぁいいのに。なぁ、ミヤギちゃ~ん?」
「ばっ……誰があげなえげすかね女!」
「おっと、俺はがミヤギと離れて寂しがってんじゃねーかって言ってんだけど。あれ?もしかしてミヤギも寂しかったりして?」
「馬鹿こくでねーべ!!!」
シンタローを一喝すると、ミヤギも勢いよく部屋を出て行った。
ミヤギが屋上の古びた扉を開けると真っ青な白昼の空をバックに小さな背中が一つ頼りなげに縮こまっていた。その影に黙って近づき、の隣にミヤギはゆっくりと腰を下ろす。今日は風が強い。バサバサと風の通り抜ける音だけが黙ったままの二人には妙に大きく聞こえた。
「そげに開発課さ行きたいべか、おめは」
ミヤギの問いかけも、次に返って来るの声も、ひどく弱弱しかった。
「私、本当は一般課にいたい。知らない人たちと仕事するの不安だし。ミヤギたちとも離れたくないよ」
「んだらば!なして試験なんか受けたっぺや?!」
「私達、もう大人になったんだよ。士官学校の時とは違うの。体力だって、力だって全然。ね、ミヤギたちとは全然違う」
はミヤギから目をそらして前を向いた。遠くの空を見ているようで実は空に至るまでの途中の空間を見ているような、ぼんやりとした視線だった。
「私ね、もうミヤギたちと同じように仕事がこなせなくなってきてるの。このままだといずれガンマ団には居られなくなっちゃう。残念だけど私工作員も適性ないみたいだから……だから開発課の試験を受けたの」
ぽつりぽつりと呟くように話すの横顔を見てミヤギはハッとした。空の青さに浮き彫りにされた体の線は首筋も、二の腕も、驚くほどに細い。普段同じように軽口をたたき合っている時は気にも留めなかったが改めて感じる、自分とは違うのだと。この折れそうな腕で自分たちと同じ重さの荷物を持ち、同じ距離を歩き、同じ任務をこなしていたなんてどれだけ苦労の伴ったことだろうか。
「悪ぃ」
「なんでミヤギが謝るのさ」
はふふっと吹きだすように笑った。
「それに私、ネガティブな考えだけで開発課に行くわけじゃないわよ。開発課で生き字引の筆みたいなすごい発明品作るの。そして一般課に凱旋する!そしたらまたミヤギと一緒に戦えるでしょ。士官学校の時みたいに」
「!」
突然大きな声で呼ばれたがミヤギの方を振り向くとミヤギはの顔面めがけて何かを思いっきり押しあてた。
「いったーい!なにすんのよ!」
「やる」
転属祝い、と風に紛れて届いた低い声をは聞き逃さなかった。
ぶつけられた包みに施された綺麗なラッピングを解くのおぼつかない指がプレゼントの正体に触れると、頭上の白日に照らされて真新しく輝く白が大きくはためいた。
「わ、白衣……!」
「開発課さ行ぐなら必要になるべ?」
「うん……ありがとう」
は立ち上がると、大きく広げて背中に羽織ってみせた。しかし糊のきいた新品の白衣は直線的な線を表していて袖を通してもの体にはしっくり沿わない。くるりと全身を見渡してみても妙にぎこちなかった。
「やっぱり『着られてる』って感じね」
が恥ずかしげに笑って白衣を脱ごうとするが、ミヤギはそれを制す。ミヤギとの視線がぶつかると、彼の首は力強く横に振れた。
「よぉにおーとるべ」
一抹の寂莫感が、今、白衣をはためかせた風のように二人の心を通り抜ける。
時の移ろいと共に周りの環境もミヤギとの在るべき関係も変わってゆくのは当然のこと。
抗うことはできない。それを受け入れて前に進むしかないのだ。
今まで当たり前にあったものが剥がれ落ちたとしても。
そのせいで心が張り裂けそうに悲しくなったとしても。
- 「Show Must Go On」
- 2011/01/13→2019/10/24加筆修正
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