HappyBirthday!:January 21 

「貴方にわたしの『宝物』をお見せいたしましょう」

小太りの男はマーカーに向かってにちゃりと下卑た笑みを浮かべた。まるでおとぎ話に出てくるような豪華絢爛の洋館の中、マーカーは取引先の男に連れられ赤い絨毯の敷きつめられた廊下を歩いていた。

「宝?」
「ええ、とても美しいものです。マーカー様もきっとお気に召すかと」
「金目のものか」
「見ればすぐに分かりますよ。まあ、『美術品』とでも言っておきましょうか」

一番奥にある部屋の扉の前で男の足が止まる。

「どうぞお入りください」

招き入れられたマーカーは重厚なドアの奥を目にして辟易した。家具、壁紙、いたるところに並べられている絵画や彫刻品、どれも高級品なのは一目瞭然だが金をみだりにつぎ込んでいるばかりで雑然とまとまりがない。そこに一つの部屋としての美しさはなく、飾られているものは本来の輝きをまるで失っていた。これが金持ちの美学か、マーカーの細い眉が嫌悪に歪む。そんなマーカーの心中も知らず、得意げな表情の男は懐から小さなベルを取り出し鳴らした。



男が名を呼ぶと、軽い足音がぺたぺたと響いてくる。やがて白いロングキャミソールを身にまとった小さな女の子が部屋の奥から姿を現した。
少女はまだ若いというより幼いといった形容が似合う年頃で大きな瞳は光りが抜け落ちたようにうつろだった。肌も上質の紙のように白い。不健康そうな青味の勝った白だ。しかし、そんな生気を感じられない印象でありながらも小さく赤い唇は官能的に厚く、短く切りそろえられた髪から伸びる、細い首筋から肩への滑るようなラインは妙に艶やかで女の色香を纏っている。
この少女はいわゆる、そういうことだ。

「この子はと申します。ほら、挨拶なさい」
「初めまして、と申します」
「どうです、なかなか美しい娘でしょう?よろしければお好きに可愛がってやってください」

そう言うと男はまたあの厭らしい笑みを浮かべて扉を閉め、立ち去った。

「……まったく」

マーカーは吐き捨てるようにつぶやいた。

「わたくしではお気に召しませんか?」
「宝と言うから金目のものかと思いきやまさか人間とは」
「えっ?」
「隊長からの指令は『ターゲットの全破壊』と『次の目的地までの燃料代くらいはブン取ってこい』だ。女を連れてこいとは言われていない」

マーカーはおもむろに部屋を練り歩きながら話し続けた。

「ターゲットというのはここの主人とこの屋敷。貴様はどこまで知ってるのか知らんが人身売買、大麻の密輸、その他諸々相当ヤバいもんに手を付けてるようだな」

何の返答の無いをちらりと見やると、最初に見た通り生気の宿らない瞳のまま微動だにせず黙っていた。

「どうした。怖気付いたか?」
「いえ、『人間』、と、おっしゃったので」
「は?」
「ご主人様もお客さまもわたくしのことを『美術品』とおっしゃいます」
「あんなクソジジィに好き勝手抱かれて何とも思わんのか」

マーカーの声は憐れみも侮蔑も含まれてはいなかったが極めて抑揚のない声だった。同じように、まるでモールス信号を聞いているかのような淡々とした返答が真っ赤な唇から返ってくる。

「ご主人様はとてもお優しく、わたくしのような者にもよくして下さいます」
「そう言えと調教されているのか。憐れだな」
「そのようなことは……」
「金になりそうなものはたんまりとあるが、まさか机や彫刻品を担いで帰る訳にもいかん」

部屋の中を見回ったマーカーは指輪やネックレスなど小さな貴金属だけを見事に集め、ポケットの中へしまうとの真ん前へ歩み寄り、立ち止まった。

、蝶が好きか?」
「なぜ?」
「ベッドの周りが蝶の置き物だらけだ」

は少し、ほんの少しだけ悲しそうに眉を下げた。

「美しく、自由に空を舞える蝶がうらやましくて」
「そうか、なら見ていろ」

マーカーは人差し指だけを立て、の前に差し出した。
がいぶかしげにその先を見ているとほどなくしてボッ、という音と共に紫色の炎が彼の指先へと集まる。みるみるうちに炎は形を変え、指先からはいくつもの蝶が四翅を広げてひらひらと部屋中を揺らめき始めた。
カーテンへ、ベッドへ、絵画へ、蝶は宿り木を見つけては勢いよく燃えさかり、の暗い瞳に紫の輝きを灯す。

「冥土の土産だ、くれてやる」
「……綺麗!」


そうして紫の蝶を手に入れたは彼女の部屋や屋敷や『ご主人様』と共にこの世からいなくなった。しかしマーカーにとってはそれは季節が変わることと同じことであり、 を思い出してこの先悲しんだりすることもない。 の存在は肉体も記憶も記録もなくなりひっそりと灰になっても世界は何も変わらず、今も動き続けている。

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