HappyBirthday!:June 12 

部下に引き連れられて拠点へ戻ってきたルーザーの腹部はすでに赤黒い血で染まりきっていた。
緊迫した空気を切り裂く喧騒と共に自分の方へ近づいてくるその光景はにとってまるでストロボ連写が流れるのを傍から見ているような気分にさせた。今自分のいるEブロックは屈指の激戦区で生きて帰れる確率は決して多くない。百も承知で降り立ったはずなのに、いざ、倒れ込むルーザーを目の当たりにするとの頭の中で真っ白なペンキがひっくり返る。
立ち尽くしたまま動かないを見て、ルーザーを運んできた部下が叫んだ。

さん!ルーザー様の手当てを!……さんッ!!」
「え、ええ!」

部下の声にはっと我に返ったはぎこちない足取りでルーザーと部下を処置室へ促した。
処置室、といっても劣勢を重ね何度も拠点を移したせいで小さな簡易テントがいくつか張ってあるだけの粗末なものだったが。

「こちらへ」
「処置室までは自分で行く。君たちはすぐに持ち場に戻りたまえ」

が処置室の入口を開くと、ルーザーは普段と変わらぬあまり抑揚のない声で部下の腕をやんわり振り払った。その間にもルーザーの下には彼の血液が小さな赤い水たまりを作っている。どう見ても一人で体を支えられるようには見えない彼の状態に部下は一瞬戸惑ったが、そっと身体を離すと持ち場へと戻っていった。
やがて去りゆく足音が聞こえなくなると、ルーザーはドサリと処置室へ倒れこんだ。

「ルーザー!」

は慌てて彼の元へと駆け寄る。元々色素の薄いルーザーの肌は更に青白く、の耳には浅く荒い息が、ヒュウ、と喉を通る音がやけに大きく聞こえる。


「すぐ止血しないと。輸血の準備も……」
「必要ないさ」
「あるわよ!ちょっと当たりどころが悪かったかもしれないけど高松ならこんな傷すぐに」
「それより聞いておくれ、
「お願いだから……もうしゃべらないで」

ルーザーは真っ赤な手をの前に差し出した。

「『あの子』を、頼む」

の一回り小さな二つの手が、大きな赤い手を包み込む。

「君のお腹の中では育っていなかったけど、『あの子』はまぎれもなく僕と君の息子だ。僕はもう君と育てていけないから、あとは頼んだよ」

そう言い残すと、の返事を待たずにルーザーの手はの指の間をするりと抜け、地に落ちた。

「ルーザー……ルーザー?」

がルーザーの体を揺すってみるが、ふらふらと合わせて揺れるだけ。力が微塵も入っていない手もさっきまで握っていたはずなのにまるで違う人のようにだらりと重い。ルーザーとの様子を訝しんで駐在していた団員が集まってきた。

さん大丈夫ですか?!」
「……っ、駄目だ、脈が止まっている……」
「そんな、ルーザー様が……!!」
「とにかくベッドまでお通しするぞ!心臓マッサージの準備を!」
「早く!医療スタッフを呼んで来い!」

突然、ふっと外の銃声や騒々しさも、ルーザーを呼ぶ周りの声もの耳から消え自分とルーザー以外の全てのものから焦点がなくなったような奇妙な感覚がを襲った。

おそるおそるルーザーの頬へ手を伸ばすと指にはめていたリングがキラリと光を反射する。彼から貰ったシンプルな作りの細いリングだ。はじかれるように目をつぶり、うつむいたままはそっと目を開いた。傍らに生える草はよく見ると青々と茂って、名も分からぬ花が点々と彩りを与えている。雨上がりの土の匂いを連れたぬるい風が吹き渡り、
の顔を、髪を、肌をそっと撫でていった。その風に導かれるように上を見上げると空は雲ひとつない晴天でふっくらとした白い雲がゆっくりと、ゆっくりと形を変えていた。

まるで何もかもがなかったように
静かな「平和」だけがの目の前に広がっていた。

(愛するものが死んだ時には自殺しなければなりません)
(愛するものが死んだ時にはそれより他に方法がない)

昔いたずらに読んだ、ある詩のフレーズ。


「ごめんなさい、ルーザー……
ごめんなさいルーザー、と、私の、赤ちゃん」

まだ温かいルーザーの頬をもう一度は惜しむように触れると立ち上がり、駆け出した。

その後、何者かによって敵味方問わず全ての弾薬に火が付けられ深夜にも関わらず空が昼間のように明るくなったことと、敵及び派遣されたガンマ団員の全滅がマジックの元へと報じられた。

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