HappyBirthday!:November 21
大きな体に武骨な顔立ち。加えて超が付くほど寡黙な彼からは近づきにくい印象を受けるけれども私は知っているのだ。それはクマやライオンに似た、強さの下に表れる王者の風格であって彼の眼差しはとても優しく、触れる体温はこんなにも温かいことを。
「ねえG、そっち行ってもいい?」
「……」
「えへへ、ありがとう」
例えるなら空飛ぶ要塞。
多大な科学力を有するガンマ団の中でもピカイチの性能を持つ特戦部隊の飛行艇で次の目的地へ向かうしばしの自由時間を過ごしていた私は目の前に座るGへと問いかけた。無言で首を縦に振るGの隣へいそいそと近づく。
彼に話の口火を切った時点でいつもなら私が一方的にペラペラ話すのだが今日は何となくそれをしない。するとGから何か話しかけてくることもなく静けさがたちまち空間を支配する。お互い何も話さずただ座っているだけだがその静寂に身を置くのは居心地の悪いものではなくて、早朝花が開くのをそっと見守るような、そんな心地よい気分にさせてくれる。おもむろに頭を預けると黙ってGは受け入れてくれた。
しばらくそうしているとGがちらっと私を見た。珍しく黙ってるのが気になったのだろう。視線に気がついた私はここでやっと閉じていた口を開いた。
「明日、買出しと飛行艇の燃料補給に街へ降りるんだって。結構大きい街みたいだし良かったら、一緒に見て回らない?」
「……」
「ほんとに?やったあ!」
Gの顔がこくりと縦に揺れたのを見ると私はついつい笑顔になってしまう。Gの手をぎゅっと握るとほんの少しだけ笑顔……と言うには淡すぎる、顔の筋肉をふっとゆるめたような表情を私に見せた。
次の日、長い間空を漂っていた飛行艇はようやく地上へ降り立った。任務ではない今日は黒で統一された味気ない戦闘服を脱いで薄いピンク色(マーカーは「セキチク色」と呼んでいた)のワンピースに袖を通す。女らしい柔らかなシルエットに見えるよう切り替えが施されていてシンプルだけど手の込んでいるこの服は前にGに縫ってもらった大切なワンピースだ。鏡の前でくるりと全身をチェックすると袖口を握る手に力を込めた。
約束通りGと共に食料と武器弾薬の調達を兼ねて街を散策する。Gは必ず私の少し後ろを歩いていて、隣に並んだり先導したりと言うことはまずない。いつも私はGの一歩前を歩いてあちこち見て回る。
Gと雑踏を歩きながら、ふいに少しだけ歩調を緩めてみた。
私からはGの姿は見えないけれど、こうすると一瞬横並びになるからGの横顔をちらりと見ることができる。彼の横顔はピリリと研ぎ澄まされた、まさに戦士の雰囲気を纏っていて私の心をどうしようもなく縛り付けるのだ。次にふっと視線を落とすと私の隣では自分のものより
一周りも二周りも大きなGの手が歩くたびに小刻みに揺れている。私は意を決してGの手へと腕を伸ばした。
「G、手……」
「……だめだ」
ああ、やっぱり。
伸ばした手は彼の手に触れることなく空を掻く。分かっていたけれど感触を伴う現実ではやはり胸が痛んだ。他のどんなことだっていつも大きく包んでくれる彼なのに、Gは人前で手を繋ぐことだけは頑なに拒否する。それがなぜか分からなくて今日こそ真意を聞こうと思っていたのだ。
Gは私から視線を外すとふいと前を見た。この横顔がたまらなく好きで、同時に鉛玉を胸に詰められたような苦しい気持ちになる。
「Gはさぁ」
彼の手と同じリズムで揺れるのはワンピース。
私は勇気をもらうかのようにそのピンクのさざ波を一撫でして、ずっと思っていた気持ちを吐き出した。
「私と手、繋ぐの嫌?」
「……違う」
「じゃあどうして手を繋いでくれないの?」
するとGはぴたっと歩みを止めて、大きな体を縮こませると私に目線を合わせた。眉ひとつ動かさず、いつもと同じ仏頂面で私を見つめるけど私には分かる。Gはすごく悲しい表情をしている。
「俺は……ガンマ団の特戦部隊だから」
「そんなの知ってるよ」
「いつ、どんな刺客が来るか分からない」
「……」
「手を繋いでいたら……を守れないかもしれない」
そんなことを考えてくれていたなんて思いもしなかった。
「わ、私だって特戦部隊の一員だよ?大丈夫だもん」
強いか弱いかと言われれば、私は強い。ハーレム隊長にはさすがにかなわないけど、ロッド達となら互角に渡り合えるしちょっとやそっとのことではやられたりしない自信はある。特戦部隊の一員になったからには女子供だからと容赦してくれるような組織じゃないのはGだって知っているはずだ。しかしGは
「男が女を守るのは当然のことだ」
と、まっすぐ私を見つめてはっきりとこう言った。
今日も私たちは任務をこなす生活。
飛行艇を降りた後、目的地へと続く何気ない道を歩く。相変わらずGは私の少し後ろを歩くから、私からはGの姿が見えないし伸ばせば触れるところにあるがっちりとした手も歩く震動に合わせて時折揺れるのみだ。
少しだけ足並みをずらすと、一歩後ろのGが半歩近づく。
その時に一瞬だけ見える、Gのあの武骨な横顔。
今まで色んな気持ちが交錯したこの横顔も、今では心の底から言える。
私の誇りだ、と。
- 「君の横顔を見つめて」
- 2011/01/13→2019/10/24加筆修正
- 窓を閉じてお帰りください