【In the box of a cereal:R】
きょろきょろとタマゴを探しながら歩いていたら、よそ見をしていたせいでテーブルに体をぶつけてしまった。反動でテーブルに置いてあったシリアルの箱がぐらりと傾くのを目の端に捉えた私は慌てて手を伸ばすが、指先はすんでのところで箱の横を掠め空を切る。このままだと箱は床へ真っ逆さまだ。数秒後の床一面にこぼれるシリアル地獄に血の気が引いたが、予想に反して落下した箱から姿を見せたのは赤いタマゴ型のカプセルだった。
この一連の流れを理解するのにプラスチックのカラカラという音が耳に届いてたっぷり3秒。ほっと胸をなでおろし、私はカプセルを拾い上げるとすぐに蓋を開け中を確認した。
中に収められていたのは小さなカード。表面には音符のマーク、裏にはパスコードを隠した銀のシール。ネットで音楽やアプリなどが買えるプリペイドカードだ。少額でもチャージしておくと、例えば急にラジオやCMから流れてきて気になった曲をさっと手に入れることができるため結構重宝する。
「なかなかセンスいいじゃない」
「そんなセンスのいいプレゼントをチョイスしたのはどこの誰だろうなァ?」
「わっ!」
独り言のつもりで放った言葉が予想外にも返事を連れてきたことに驚いて体が反射的に跳ね上がると、意地の悪い笑みと共にラフがこちらへ近づいてきた。
「ここに隠したのラフ?」
「おう。絶対見付かんねぇと思ったんだけどな」
「単なるラッキーパンチよ」
ラフの大好物をテーブルから落とすようなアクシデントがなければ逆にこのカプセルは手に入らなかった。今回ばかりは自分の鈍臭さを讃えたいところだ。
「これ一枚あると便利よね。ありがたくいただくわ」
「まあそれでお前の好きな……ナントカってグループの新曲でも買えよ。来週発売だろ?」
「ナントカって。でもそうなの!なんで知ってるの?」
「今週のカウントダウンでやってた」
そういえばラフもなかなかの音楽好きだ。機嫌がいいと鼻歌を歌ったり、口ずさんでいるのをよく聞く。それは私がラフの大好きなメーカーのシリアルを差し入れた時だったり、バイクの後ろに乗せてもらった時だったり、以前ならナイトウォッチャーとしてお務めをして帰ってきた時だったり色々。レオが家を空けていた時は音楽をかけてトレーニングをするラフに、近くで仕事していたドニーがうるさい!ってよく言い合いになってたっけ。
そんなことを考えていると、ふと頭の中に反響するラフの……多分お気に入りの歌。ハスキーボイスがざっくばらんに奏でる旋律はいつも同じでその曲の全貌を私は未だに知らなかった。
「私、新曲もだけどラフがよく鼻歌うたってる曲欲しいなぁ。なんて題名?」
「はぁ?鼻歌なんて歌ってねぇし」
気になって尋ねてみたものの本人は無自覚だったらしい。
「歌ってるよー!バイク乗ってて道がすいてたらふんふーんって」
怪訝そうに私を睨む視線が煩わしいので真似して私も歌ってみる。ラフに比べて少しだけ調子っ外れになったけれども。そんな私のうろ覚えメロディーでもラフには思い当たる節があったらしく、神妙な顔をしてラフはぼそっとつぶやいた。
「ああ、それな。俺そんなに歌ってたか……クソッ」
いつも自信満々な彼にしては珍しく恥ずかしそうな物言いをするものだからまじまじとラフを見ていると、ラフは私のおでこを指で軽く一突き。
「それなら買わなくてもアルバム持ってるから貸してやる。あとで部屋来いよ」
去り際にそう残し、ラフはそのままくるりと背中を向け、本来のエッグハンティングに戻ってしまった。
後日、エッグハントに参加させてもらったお礼に手土産を持って彼らの家に遊びに行った。
「やあ。いらっしゃい」
「こんにちはドニー。この前のエッグハントのお礼にチェリーパイ焼いてきたんだけどみんなで食べない?」
「いいねぇ、ちょうど甘いものが欲しい気分だったんだ、頼むよ。おーい、がチェリーパイ持ってきてくれたぞー」
「OK、キッチン借りるね」
みんながくつろぐリビングスペースには眠そうなドニーが一人(亀?)インスタントコーヒーをすすっているだけだったが、私の訪問を声に出していたところ皆自室にいるのだろう。そう見越して私は冷凍庫からバニラアイスを取り出し、まだほの温かいパイの横に添え始めた。酸味のあるチェリーパイには甘いバニラアイスがとてもよく合うのだ。
「随分とご機嫌だなぁ」
並行して私と先生含め6人分のカフェラテを作っているとドニーはなんだか含みを持った口調で私に話しかけてきた。それは新しい実験体や研究対象を見つけた時と同じ声色で思わず背筋がぞくりとする。
「え?なんで?」
「は・な・う・た」
「あっ」
あの後、ラフから借りたCDを全部プレーヤーにダウンロードして、毎日聴いてたものだからついつい外に漏れてしまったようだ。
「それ、インディーズのヘヴィメタルだろ。、そんなやかましい歌聴くタイプだっけ?」
「別に何かのジャンルに固執してるわけじゃないもの。こういうのだってたまには聴くわよ」
「あっそう。それにしてもどこかで聞いたことのあるナンバーな気がするんだけど、気のせいかなぁ」
「しーらない」
背中に突き刺さるドニーの好奇の目がむず痒いが、何食わぬ顔を装って新しいカップを彼の前に用意する。ドニーとレオはお砂糖無し。ラフは1個。マイキーとスプリンター先生は……3個!
他の席にもカップを置いて回ると器用に壁を伝って上からラフが降りてきた。
「へー、うまそうじゃねえか」
どっかりと自分の椅子に座り、テーブルの真ん中に置いたチェリーパイを覗き込むラフ。
少しして、低い声が紡いだのは……。
「あーなるほどねー」
「ちょっとー!ら、ラフのバカー!」
「うわっ、なんだよいきなり!!」
さっき私が吐き出したメロディーと同じ旋律だったのは言うまでもない。