【Under the sofa:L】
ソファーの下へ手を伸ばすと、コツリと指先に触れた固い感触。
それを掴んで手元に引き寄せると出てきたのは青いタマゴ形のカプセルだった。誰が用意したものだろうか。軽く振ってみるとカラカラと乾いた音が中から聞こえてきた。
「あーっ、一番乗りはちゃんだー!」
私が鳴らしたカプセルの音にマイキーが気づいて大声を出すと、他の3人も探す手を止め、こちらへ集まってくる。
「ねーねー、これ誰が隠したやつー?中は何かなー?ちゃん開けてみてよ!オイラ気になるぅ~」
「う、うん。開けてみるね」
まるでクリスマスの朝の子供のようなテンションのマイキーに急かされカプセルを開けると中からコロン、と飛び出してきたのは野球ボールくらいの大きさをした石だった。
手に取りよく見てみると、灰色の石の割れ目から生えるように透明な結晶が連なっている。
「石?みたいだけどこの透明なところはとても綺麗……」
「なんの鉱石だろ、ちょっと見せて」
「水晶の原石だよ」
未知の物体に興味津々なドニーの目利きが終わる前に正解を口にしたのは少し後ろでみんなを見ていたレオだった。
「このカプセル隠したのはレオ?」
「ああ。それは修行に出ていた時、現地でお守り代わりとして持っていたものなんだ」
私の問いにレオの首がこくりと縦に揺れた。
「お守り……そんな大切なものもらっていいの?」
「あの時の修行はここでみんなと生活するためだったから、ここにいる人に持っておいて欲しくてな」
「そっか」
レオの思いがたくさんつまったお守りが今、私の手中にある高揚感は計り知れないが、そこに突如降ってくる一滴のざわめき。ニューヨークでの生活……家族のためにレオが頑張っていた証を彼らと家族じゃない私が持っていて良いのだろうか、という思い。その不安の滴は夕立ちのように私の心の中を襲い、みるみるうちに水を吸ってどんよりと重くなってしまったのだった。
急に私がエッグハントに参加して、あまつさえ先に見つけてしまったからレオは残念がっていないだろうか。ちらりとレオを盗み見るが、いつもと同じように穏やかな表情をしていて内情をうかがい知ることは出来ない。
「ふーん、で、そりゃ高ぇのか?」
「希少な種類の原石とか?」
「水晶……ってことはコレ食べられないのー?」
「ただの水晶の原石だから高価でも貴重でもないと思う。俺もよく知らないが……。まあ食べられないのは確かだろうな」
「なーんだ、食べられないのかぁ」
「ま、レオナルドらしいチョイスだね」
「次探すかー」
そんな私の心中とは裏腹に、弟たちはさほど興味がないのか中身の正体が分かるとさっさと新たなタマゴ探しに戻ってしまった。ドニーも特に貴重なものでないと分かると原石を私に返してくれ、そのままマイキーとラフの後を追った。
「レオ」
私はふっと軽いため息をつくレオを呼び止めた。
「レオのお守り、大事にするわ。ありがとう」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。ちなみに、光に透かしてその割れ目を覗くととても綺麗だから良かったら見てみて」
言われるがまま電灯にかざし、レオの指差す石の割れ目にそっと目を近づけてみた。
「すごい……!」
中を覗くと見たこともない光景が広がっていた。眼前には水晶の中にある無数の結晶が光を受けてキラキラと輝いている。暗い石の色をバックに乱反射する光はまるで夜空で震え合う星のように私は思えた。
「なんだか星空みたいね」
「もそう思うかい?俺が修行してた場所もこんな風に星が綺麗に見えるところだったんだ」
「そうなんだ」
レオが修行していたという中央アメリカの情景を、彼が今まで話していた言葉を思い出しながら想像してみた。
この小さな石の中に広がる光のような満天の星々。レオが過ごした夜。
ここ、ニューヨークとは違う土の匂いや草の色。風の音。
私はその場にいなかったけれど、会えなかった日々の思い出を少し共有出来たような気になって、胸の内がじんわりと温かさで満たされてゆくようだった。
「ねえレオ」
「ん?」
「本当はね、この石は家族のためにレオが頑張った証だから私じゃなくてラフやドニーやマイキーに持っててもらうのがいいのかなって思ったんだけど、やっぱり私が持っててもいいかな?
とってもステキで気に入っちゃった」
「もちろんさ。それに……」
少し口をつぐんでから、レオは照れくさそうに微笑んだ。
「実は、俺のカプセルは君が見つけてくれたらいいなと思ってたんだ。修行に出ていた時、これを見ながらよくのこと考えてたから。今なにしてるのかな、とかさ」
レオのこの言葉はさっきまで抱えていた不安を全て消し去るのに十分だった。
このお守りには、例え小さな結晶の一欠片分だけであっても私への思いが含まれている。そう思うと、私にも手にする資格が出来たような、そんな気がして。
「わ、悪い。何言ってんだろうな、俺」
キョロキョロと視線を彷徨わせたレオはくるりと半回転して私に背を向けてしまった。
「ううん、嬉しい。ありがとう」
私はレオの甲羅に向かって言葉をかける。顔が熱くて熱くて、とても回り込んで見せられる状態ではなかったから。多分それはレオも同じ。
「あのね、今度レオが修行してた時のこともっと聞かせて欲しいな。
レオがどんなところで、どんなことをしていたのか、どんなことを考えたのか。レオのこと、もっと知りたいな……なんて……」
「そ、それはもちろん。いくらでも。
でも、その時はのことも教えてくれ。俺も知りたいから」