【The back of the PC:D】
みんながくつろぐリビングから少し離れたところ。トレーニングマシンのそばに置いてあるドニーのパソコンに目が留まった。
レオが修行から戻ってきて以来ビジネスはやめたようだが、ここにあるたくさんのディスプレイやキーボードを駆使してドニーがテクニカルサポートに勤しんでいたのを今でも思い出す。置いてある機器があまりにカスタムされすぎて私を含め、他のみんなもあまり近づくことのないスペースなので気にとめることはなかったがもしや、と思い裏側を見ると予想は的中。配線の束に隠れてタマゴの形をしたカプセルが置かれていた。
「ありゃー、見つかっちゃったか」
声をかけられ振り向くと、私の手にあるカプセルと同じ紫色のアイマスクを付けたパソコンの主が姿を現した。どうやらこれは彼、ドニーが隠したもののようだ。
「何入ってるの?」
「さあ。開けてみたら分かるんじゃない?」
大げさに肩をすくめてとぼけた様子のドニー。でもその表情は自信ありげで、私はわくわくしながらカプセルを持つ手に力を込めた。
カポッと小気味の良い音を鳴らして開いたカプセルの中に入っていたのは小さい ICチップのようなものだった。見ただけではそれが何か皆目見当がつかない。
「ねえ、ドニー」
「なんだい?」
「開けてみても分かんないんだけど」
「だろうねぇ。これはこう使うのさ。携帯貸して」
言われるがままに携帯をドニーへ渡すと、接続部に先ほどのICチップをはめ込んだ。驚くことにジョイント部分はぴったりで、そのまま軽く操作をした後、すぐ携帯を私に返してくれた。
「新しいアイコンが出てるだろ?それ押してみて」
「うん」
画面を見てみるとトップに見慣れないアイコンが一つ増えている。そのアイコンを起動すると、軽快な音楽とともに出てくる『new game』の文字。
「ゲーム?」
「そう、カプセルの中身は僕の作ったアプリゲームさ」
「ドニーが作ったの?すごい!」
早速ゲーム開始ボタンを押すと次にキャラクター選択画面に切り替わった。どこか既視感のある赤、青、紫、橙色の4匹のカメにはそれぞれにゲージが付いていて、見る限り得意技やステータスの上がり方が違うようだ。
「ふふっ、これ4人のオマージュ?」
「結構似てるだろ?」
「ほんとに。よしっ、じゃあ最初はこのドニーっぽいのにしよっと」
4匹のうち紫色のカメを選ぶと画面が暗転し、ゲームが始まった。
内容は敵を倒しながらアイテムを拾っていく単純なスクロールゲーム。途中の穴に落ちたり、敵に当たってHPが0になればゲームオーバーといったものだ。
だが、単純なゆえに些細な塩梅でゲームオーバーになったりハイスコアが出たりするのでつい熱中してしまう。
「なぁ、~」
「ちょっと待って、あと300mで記録更新なの!」
「!!」
ようやくコツがつかめてきたところで、最初こそ横で私のプレイ画面を一緒に見ていたドニーが急に声を荒げて私を呼んだ。
「まったく、己の才能を呪うよ」
「な、なに?どうしたの?」
『game
over』の文字が点滅する画面からドニーに視線を移すと明らかに機嫌が悪い。ジト目で私を睨んだドニーは普段よりワントーン低い声で話し始めた。
「さぁ、何度もリプレイしてくれるのはありがたいけど、開発者を前にしてお礼の一言もないのかよ」
「ご、ごめんなさい。とっても面白くてつい。素敵なアプリありがとう……」
そういえばアプリをダウンロードしてもらってから今までずっとゲームしか見ていなかった。慌ててドニーに頭を下げてお礼を言ったが、降ってきた返答は驚くほど冷えたものだった。
「はいはい、とってつけたようなお礼をどうも」
「そんなつもりじゃ……」
「ないって?ふーん。じゃあ口先だけじゃなくて行動で示してよ。そうだ、、コーヒー持ってきて。飲みたい」
「コーヒー?」
「持ってきて」
「はっはい!今すぐ~!」
ドニーを纏うオーラがなんだかものすごく怖い。私はすぐさまドニーの要求に応えるためその場を離れた。
「あ、」
「レオ!キッチン借りるね!」
「あ、ああ。構わないが……」
部屋の隅でエッグハント中のレオに声をかけられたが、今はそれどころではない。立ち止まる間も無く横を通り過ぎて私はキッチンへと向かうのだった。
確かにきちんとお礼を言っていなかった自分が悪かったが、いつものドニーならあんな風に怒ったりしない。せいぜい明らかな冗談口調で諌めるくらいなものだがよっぽど私の態度が悪かったのだろうか。それとも他にドニーを怒らせることをしてしまったのか。
お湯が沸くのを待つ間じっとしていると色々な考えが頭の中に浮かんでくる。そしてそこから生まれるのは決して良いものではない。
考えれば考えるほどに胸の痛みはじくじくと広がって、なんだか涙が出てきそうになったその時。
「」
ひょっこりキッチンに顔を出したのはレオだった。
「ずいぶん慌ててキッチンへ走っていったから何かあったのかと思って」
「ありがとう。ドニーにコーヒー持ってきてって頼まれただけよ」
ドニーが?レオは意外そうな様子だったが、すぐに苦々しい顔へと変わった。
「自分の飲み物の用意をお客さんにさせるなんて……俺が代わるからはエッグハントの続き楽しんできなよ」
「ううん、いいの。私が悪いんだから」
さっきの冷たいドニーの声がリフレインする。レオの顔から床へと無意識に視線が下げてしまったが、レオが心配そうに私の顔を覗き込んできた。
「喧嘩でもしたのか?」
「そうじゃないんだけど、ドニーを怒らせちゃったみたい」
もうこの際だ。レオにこれまでの経緯を簡単に話してみた。すると意外にもレオは徐々に表情を緩ませ、次第には笑みまで浮かべていた。
「なるほどなー」
「笑い事じゃないわよ」
「いや、ごめん。でもドニーのそれは全然たいしたことじゃないはずだからあんまり気を病まないでくれ」
くくっと喉で笑うとレオは続けて口を開いた。
「あいつ、クールに見えて結構やきもちやきなんだ。
の興味を独り占めするものは自分の作ったゲームでも気に入らないらしい」
「ど、どういうこと?」
「それは……俺の口からは言えないな。悪いがやっぱりコーヒーはお願いするよ。あと、持っていったら少しゲームは中断してドニーの相手してやってくれ」
レオは笑顔でそう言い残し、さっさとキッチンを出て行ってしまった。
つまりレオの仮説によると、私がドニーよりゲームに集中していたからドニーが怒った?そしてその理由とは……?
レオの姿が見えなくなると、さっきまでの不安とはまた違う胸の圧迫感に息がつまりそうになる。
開けたのはただのタマゴをかたどったカプセルでなくパンドラの箱か、なんて今から何を思っても後の祭り。ピーピーとヤカンが鳴く音と吹き零れたお湯の音ではっと我にかえった私は震える手でコーヒーを淹れることとなった。
キッチンからドニーのパソコンまでの短い距離。その距離をゆっくりゆっくりと歩く間、私は鳴り止まない心臓を少しでも抑える方法と、彼へ最初にかける言葉だけを必死に考えていた。