初めに言っておくが、私は優しさが見えにくいつんけんした人よりも、もっとストレートに優しい、会うとにこやかに声をかけてくれるような男の人が好きだ。好きなんだけど。いつの間にやら私は店員さんのつっけんどんな態度がクセになってしまったようで、ここしばらくレジ当番がマダムなことに物足りなさを感じる日々が続いていた。気が付けば運試しの「当たり」はお兄さんの方にすり替わっていたのだ。
しかしもうかれこれ1週間、いやもっと長い間、レジはおろかあのコンビニでお兄さんをめっきり見かけなくなっていた。もしかすると辞めちゃったのかな、そんな思いもよぎりつつコーヒーマシンの前で抽出を待っていると、レジに立っていたマダムからいつもより一際甲高い声が飛んできた。
「あらぁ一郎くん!待ってたわぁ!」
マダムの視線の先を追うと
「あっ!」
癖のない黒髪。すっと通った鼻筋。コンビニの制服とは違う私服を着ているけれど、クールなすまし顔は何度も見たそれに間違いなかった。あの店員さんだ。
つい声を上げてしまったためにお兄さんはちらっとこっちを見て怪訝そうに目を細めた。挨拶くらいした方がいいのかな、視線を逸らすタイミングを失い内心焦っていると先に口を開いたのは意外にもお兄さんの方だった。
「ねえアンタ」
「はい!」
「いいのかよ、あれ」
けだるそうに指が示す先は自動ドア。の先に見える動き出したバス。
「よ、よくないです!!!」
そう、悠長に店員さんとお話しする時間など朝の私にあるわけがなかった。とっくに淹れ終わったコーヒーに蓋をして、お兄さんに軽く会釈をしてからすんでのところでバスに飛び乗る。
抑揚のないアナウンスと生ぬるい振動に揺られながら一息つくとじわじわとさっきの記憶とともに言いようのない高揚感が湧き上がってきた。たったあれだけだったけどきちんと会話したのは初めてかもしれない。無愛想で、でもすぐふてくされちゃうイケメンのコンビニ店員さん。
信号停車のタイミングで今日もこくりとカップの中を飲み下す。ブラックコーヒーの苦さが胸の中の甘い気持ちを裏切ってなんだか変な気分。でも悪くは無い。とも思った。
快適な出勤の心得と朝のコーヒーについて
2020/12/08