「どどどどどういうことですか?!」
いつまでも閉まらない自動ドアをいぶかしんで宮田が視線を向けたのと同時に、木村からたっぷり遅れをとって店の奥へ足を踏み入れたは驚きの声をあげながらレジへ近づいた。
「なんでこの店員さんと?!木村さん知ってるんですか?!」
「知ってるも何もコイツ、さっき言ってた元ジムメイトの宮田一郎クンだよ」
目を丸くするへにんまりと白い歯を見せ宮田の肩を叩く木村とは対照的に、カウンター越しの宮田は眉間に皺を寄せ鬱陶しそうにその手を払いのけた。宮田一郎。どこか聞き覚えのある名前が引っかかっては頭の神経を張り巡らせる。宮田、宮田……くん。「宮田くん!」ぽっと瞼の裏に浮かんだのは丸っこい瞳が印象的な後輩の顔だった。
「ああっ、幕之内くんの好きな人っ!」
「誤解を生む言い方はやめてもらいたい」
「スミマセン」
言い終わらないうちに食い気味で訂正を入れる宮田の視線が恐ろしく冷たいことに気付いて、は背筋をぴっと伸ばし口元を抑える。木村はとりわけ気にした様子もなくのんきに二人の顔を交互に見比べた。
「なんだぁ、宮田とちゃんも知り合いなのかよ」
「は?」
「いえいえ!」
次はが宮田にかぶせるように首を横に振る。
「私が店員さんの顔覚えちゃってるだけで、交友関係とかは全然」
「そっか。……ははーん、もしかしてさっきの”面白い店員”て」
「わー!!木村さん!しーっ!!!」
「騒がしいな」
「……スミマセン」
自分が一方的に知ってるような口ぶりのだったが、交友関係こそないもののバツの悪そうな顔で縮こまる顔に宮田も見覚えがあった。毎朝慌ただしく来店してはいつも同じ飲み物を手にする姿が宮田の脳裏によみがえる。
「用が済んだら帰ってください」
決まりきった朝のやりとりを思い出すや、反射的に体が後方にある紙カップの山へ向くが
「あっ。今日はコーヒーじゃないんです」
かけられたの一声に宮田の手はすんでのところで止まった。
「私買うもの取ってきますね」
木村に声をかけてするりと陳列棚へかけていくをしばし見送り、木村は宮田へ顔を近づけた。
「なんだよ今の」
今の話が何のことやら分からない木村にとって、自分のあずかり知らぬところで意中の相手がほかの男と気心が知れた様子なのはまったくもって面白くない。決してには聞こえないよう木村は小声で宮田に詰め寄った。
「『オレはちゃんのコトこんなに把握してます』ってか?見せつけてくれるぜ」
「いつも同じもの買う人が来たら今日もそれだって思うでしょ」
「本当にソレだけか?……お前、まさかと思うがあのコのコト狙ったりしてねーだろうな」
「どうしてすぐそっちの方向に持っていきたがるかな。そういうの興味ないですし、そもそもオレあの人の名前も知らないですから」
「ふーん。ならいいけどよ」
口では一応肯定したものの明らかに納得していない木村は、なおも宮田の本心をさらえるように視線をよこしてくる。連れの女性に対する木村の執着ぶりを見てあらかた事を察した宮田は面倒事に巻き込まれる前にと予防線を口にした。
「それに万一にも人の彼女に手を出したりしないんで安心してください」
「あ?彼女?」
険しい顔が宮田の前からスッと離れたかと思えば、木村はレモンを齧ったような顔をして顎に手をやり、何かを考えるそぶりを見せた。そしてうろうろと彷徨わせた視線が再び宮田へと戻ってゆく。
「付き合ってるように見える?オレら」
無表情の木村から噴出する浮かれたオーラを全身に受けて、先ほどの一言が失言だったと宮田は気付いたが、時すでに遅し。
「……全然」
「ウソつけ!今言っただろ!!」
「どうしました?」
「いーや、なんでも」
ほどなくしてレジへ戻ってきたが木村の顔を覗き込むのに対しすました表情を作る木村だが、にじみ出る愉楽の匂いは消し切れていない。は小首をかしげるもののそれ以上問い詰めることはせず、携えた牛乳パックをレジ台へ置いた。
「じゃあ帰りましょうか」
が支払いを終え、牛乳の入った袋に手を伸ばすが、横から伸びてきた木村の手が先にひょいとレジ袋を拾い上げる。
「持つよ」
「あっ、木村さん!」
「ドーナツの袋もあるしかさばるだろ。じゃあな、宮田!」
レジ袋を取り返さんとするピスタチオグリーンの軌跡を緩やかに避けて、上機嫌の木村は宮田に挨拶をすると自動ドアの方へさっさと歩いていった。その後を追ったはふたたび木村に向かって指先を伸ばす。こつん、と触れ合う木村との手。
「私の荷物なのに持ってもらうの悪いですからっ」
「気にすんなって」
「でもぉ」
手をつなぐわけでもない、かといってどちらかがレジ袋を明け渡すわけでもない。ほんのりと頬を赤くして手をじゃれつかせる二人が出ていった店内には、有線で流れるヒット曲と一人の男の白けた視線がただただ残るばかり。
自適な道草の心得と夜のミルクについて
2021/03/03

※某空港のドーナツ屋さんはオープンが2015年だそうで……原作の時代設定と合ってないですね。気になった方はすみませんでした。