※麻雀やってるだけ

隅に置かれた型落ちの筐体がふと目に入って、教室の机にブレザーを敷いて遊んだあの頃をなんとなく思い出した。負けた方が昼メシオゴリな、そう言って青木と座ったのは懐かしさからくるほんの軽い気持ちだった。のに。
「ロン」
「げっ」
「立直一発平和ドラ赤赤、裏ドラは無しかぁ、残念」
「青木テメー!オレの親流されちまったじゃねーか!」
「12000点……は、跳満かよ……」
さんすごーい!」
ちょうどクミちゃん、トミ子と一緒にUFOキャッチャーコーナーから戻ってきたちゃんが「私もいいですか?」と隣の筐体に100円玉を入れたが最後、現在南三局。オレの親は青木がちゃんに振り込んであっさり消えた。聞いてねえぞ、こんなに麻雀強いなんてよ。
「今日は本当に本当にたまたまで!いつもはトビで終わったりとか全然ありますから!」
とご謙遜なさっているが、今着順はちゃんがダントツトップ。間を空けて素点ギリギリのオレが2着、数合わせで座らされたルールもろくに知らない一歩を挟んで風前の灯火の青木がラスだ。
次がオーラス。このまま順当に2着を狙ってもいいが、逆転トップでカッコつけたい気持ちも無くはない。それが好きなコの対面……いや、席は横だけど……なら尚更だ。心の中でトップ条件を算段し、祈るような気持ちで手牌が開くのを待つ。
「うーーん」
隣から漏れる声が耳に届いて、体を反らし様子を窺うとパーテーションの奥でちゃんがゲーム画面を見つめて唸っている。ちくしょう、かわいいなぁ。横顔だけ見てりゃまるでケーキ屋のショーケースでも覗いているみたいだ。
「どんな感じ?」
思わず緩む顔をくっと引き締めて声をかけるとちゃんはこっちを見て苦笑いを浮かべた。
「木村さんに跳満振り込まなければなんとか逃げ切れるかなぁ~。と言った感じです」
「もしくはオレが倍満ツモるか、だな」
「うー、木村さんホントに持ってきそう」
「おいそこ!三味線禁止だぞ!」
「三味線じゃねーだろ青木」
「三味線じゃないですよ青木さん」
「三味線ってなんですか?青木さん」
「……さ、やるか」

画面に映る手牌は自風の北が暗刻、中が対子にドラが1枚。和了りやすそうだがこのままじゃちゃんに逃げ切られちまう。どうしたもんかと考えているうちに上家の一歩からカンが入った。なんだよオタ風じゃねぇか。いるよなぁ、とりあえずポンカンチーの表示が出たら全部鳴き散らかすやつ。
「なんかボタンが出てきたんでつい押しちゃったんですけど、カンってなんですかぁ?」
案の定筐体の向こう側から一歩の間抜けな声が飛んできた。
「あー、えっと4つ同じ柄の……あ、カンドラ」
ひっくり返った2つ目のドラ表示牌に書かれているのは西……ってことはドラは北……北?!
手牌に視線を移すと右端に並ぶ自風の暗刻がキラリと輝いている。
「ねー、木村さん。カンって」
「ちょっと黙ってろ一歩!」
「おうおう木村、随分な焦りようだな。まさかお前」
「三味線禁止なんだろ青木」
「なんだか嫌な予感」
連荘したいラス親の青木、逃げ切りたいトップのちゃん、トップをまくりたい2着のオレ。三者三様火が着いた面々がこの局面で悠長に説明するわけもなく一歩の質問は捨牌とともに河に流されていった。
ドラの暗刻を抱えて俄然やる気になったオレはもちろん目いっぱいに構えて不要牌を切っていく。二向聴、中を引き入れて一向聴。徐々に形が出来てくる。上家の一歩から四萬が出たがここは仕掛けず我慢。その後粘って3巡後、引き入れた牌は……一萬!待ちは両面六九索。
高目でリーヅモホンチャン北中ドラ3。こうなりゃやることは一つだ。
満を持して「立直」のボタンを押し牌を曲げる
が、
「ツモ」
オレの渾身のリーチを払いのけたのは
「白のみ、300500です」
「またちゃんかよぉ~」
たった1翻の和了だった。


「こりゃ昼メシはちゃんにオゴりだな」
「え?」
椅子から下りたちゃんを捕まえて冒頭の昼メシの話題を振りつつさりげなく隣に並ぶのも忘れない。
「負けたら昼メシオゴるって青木と話してたんだよ」
「そういうことでしたか」
「てことで……なんなりとお申し付けください、お嬢様」
大げさにかしこまってお伺いを立てるとちゃんはおたおたと胸の前で手を振ったが、少し考える素振りを見せてからその手をわざとらしく耳の後ろに持っていった。
「では木村さん。"焼き鳥"はいかがかしら?」
お互い作った真面目な表情は顔を見合わせた途端同時に崩れてゆく。
「よく言うぜ!あんなに和了っといて」
「青木さんに聞かれたら怒られちゃいますね」
「アイツさっきマジで焼き鳥だったからなぁ」
「何やってんだお前ら!早く来い!次はボーリングやんぞ!!」
「わっ!」
いつのまにか他のみんなは移動していたらしく、エレベーターの前で青木が意気揚々と自分の得意分野でリベンジを挑んできた。横に引っ付いてるトミ子を見る限り慰められてメンタルリセットしたってところか。
「行きましょうか」
「……なあちゃん」
先に歩き出すちゃんを追って隣に並んだら心の中でそっと置くのは点棒ひとつ。体をくるりと90度に曲げて「リーチ」の代わりに耳打ちした。
「焼き鳥、オレ美味い店知ってるけど今度よかったらどう?」
「ふふっ、予定空けておきますね」
色よい返事を一発ツモって裏をめくれば少し恥ずかしそうなとびきりの笑顔が見えて、これにはどんな和了も敵わねえな、なんて思ったりした。
彼女はとなりのトイメンさん
2020/08/08