見慣れない土地、見慣れないオフィス、見慣れない仕事仲間。普段の半分の仕事量で普段の倍疲れた気がする。
コンビニで買ってきたミネラルウォーターをテーブルにどしゃりと置き、狭いビジネスホテルのベッドに倒れ込んだタイミングで手元の携帯が短く震えた。あと数回穿く予定のIラインスカートをくちゃくちゃにしながら寝転がって中身を確認すると、夜の海をバックにして照れくさそうに手持ち花火を見つめる幕之内くんと久美ちゃんの画像が数枚添付されている。
花火いいなぁ。私もさっき終わりました。
手短に返信をすると次は長めの振動がリズムを刻んだ。
ちゃんお疲れ様!」
「ありがとうございますトミ子さん!」
火薬のはじける音と歓声のようなガヤに混じって耳に届くトミ子さんの声は明るい。
ちゃん来れなかったから画像おすそ分け!出張と重なっちゃうなんて残念だわ」
「私も海行きたかったですよぉ!でも昨日からトミ子さん、青木さん、久美ちゃん、幕之内くんでお泊まりなんですよね?Wデートになってよかったです」
「ふふっ、まあ久美と幕之内くんは結局あんな感じのままなんだけど。……あ、代わるわね」
しばし沈黙の後、次は飴玉をころんと転がしたような声が私の名前を呼んだ。
「こんばんはさん」
「久美ちゃん!」
「今回は残念でしたけど、次は絶対一緒に遊びましょうね!私、お土産たくさん買って帰ります」
「うん。私もおいしいやついっぱい買ってくるから幕之内くんとの話、また聞かせてね」
「も、もう!さんてば!」
どうやら携帯をリレーしてくれているらしい。もごもごと風を切る音がしてまた聞こえてくる声が変わった。
「もしもし、先輩ですか?」
「この間は試合お疲れ様、幕之内くん。気分転換できた?」
「はい、おかげさまで。あ、あのですね、実は今」
「あーー!バカ一歩!!……よォちゃん!」
幕之内くんが何か言いかけたようだったが割って入った青木さんの大声にかき消されて最後までは聞き取れなかった。どうやら幕之内くんは追いやられてしまったらしく電話口は青木さんに交代したようだ。
「青木さん、せっかく誘っていただいたのに行けなくてすみません」
「いーってことよ、仕事なんだろ?それよりよぉ、どーーしても最後にアンタの声が聞きたい、ってヤツがいんだけど代わってもいいか?」
「私に?ふふ、構いませんよ」
勿体ぶった言い方をしているがあらかた相手は猫田さんだろう。海で焼きもろこしを売っている猫田さんに会ったとトミ子さんから聞いていたから。指先で前髪をいじりながらお疲れ様だニ~、なんてあのひょうきんなおしゃべりが聞こえてくるのを待っていたのだが
ちゃん?」
耳に届いた声は予想外の相手で思わず私はベッドからはね起きた。
「えぇぇ?!きっ、木村さん?!」
意味もなく正座をして全神経を耳に集中させる。
「おう。仕事おつかれ」
「えっ、あれっ、今合宿中って言ってませんでしたっけ?」
鷹村さんが急に決めるから用意が大変だとぼやきのメールが木村さんから届いた日、ちょうど私も近々の出張を言い渡されたところで大きく共感したのを覚えている。
「オレと鷹村さんとこの前入った板垣ってやつは合宿なんだけど偶然こいつらと同じ海に来ちまったみたいでよ」
「あ、海合宿って言ってましたもんね」
この出張さえ無ければ私も今頃木村さんと一緒に花火を見ていたのかもしれない。さっきの幕之内くんと久美ちゃんの画像を思い出すと一層後悔が募るが元々自身でどうこうできた話でもないので己の運のなさを恨むしかない。それに木村さんは遊びに来ているわけじゃないんだから。
ああでも。
「花火。私もやりたかったです」
ちゃんいなくて残念だよオレも。でさ、よかったら今度……あぁ?なんでだよ、お前ちゃん知らねーだろ」
木村さんの話し声に混じって横から聞き覚えのない声が途切れ途切れ耳に入る。少しあどけなさの残る男の子の声がしきりに何か訴えているのは雰囲気で伝わってきた。
「板垣くん、ですか?」
「そうそう。代われってうるさいんだけど困るよな?まだ会ったこともねーし」
「ありがとうございます。でもちょっと話すくらい全然大丈夫ですよ」
「いや、でもよー……っ、板垣!!」
突然木村さんが板垣くんを一喝、張り上げた声が電波を伝ってビリビリと震えて届いたが、何があったのか状況は分からない。
「木村さん、どうかしました?」
「あっ!ゴメン!えっと……出張、大変だろうけど頑張って」
「あ、はい。木村さんこそ。暑いので熱中症気をつけてくださいね」
締めにかかった木村さんに合わせて言葉を選べばじゃあまた、と短い挨拶の後、携帯のディスプレイに通話時間が浮かび、消えた。結局板垣くんとは話せずじまいで、木村さんの最後の喝破も気にはなったがまたトミ子さんと久美ちゃんから聞けばいいかと思い直した。
大変だろうけど頑張って、かぁ。耳に残る声を思い返すと心の中がパチパチ熱を持って光り出す。甘い火花がふう、と漏れたところでベッドから降り、備え付けの椅子へ腰掛け、しっとり汗をかいたミネラルウォーターで鎮火してから単純な私は明日使う資料を開いたのであった。


「板垣テメェ!でけー声でなに言ってんだよ!!」
さんのこと好きだからってそんなに警戒しなくてもいいじゃないですか~って言っただけですけど?だって木村さん全然電話代わってくれないですもん!」
おつかれSUMMER
2020/7/27