「……これのおかげだよなぁ」
鷹村さんの世界前哨戦に花を添えるつもりだったのに、蓋を開けてみれば力んで空回って格下相手にドロドロの判定勝ち。今日の勝因は……運が良かった。この一言に尽きる。そして勝利へ天秤をこちらに傾けてくれたのはちゃんがくれたこのお守りに違いない。ベッドに寝転び紐を指に絡めて手の中で弄んでいると、奥の壁にタグがついたままハンガーに掛けたTシャツが目に入る。
好きなコが自分の誕生日に会いに来るなんて、自分の人生でそんなコトがあっただろうか。笑った顔も困った顔も全部可愛かった。かけてくれた言葉も気遣いも全部嬉しかった。温い風呂のような思い出に浸りながら都合のいい答えを考えずにはいられない。
ちゃんもオレのこと……。って期待してもいいよな。体を起こして枕元の携帯電話をお守りと入れ替える。会いたい。話がしたい。あの澱みのない声で褒められたい。何度も繰り返したせいですっかり暗記してしまった電話番号に指を滑らす、が、いつもここでもう一つの心当たりが肩を叩く。
女の子の親切を鵜呑みにしてはいけない説。
オレにとびきりの笑顔とセリフをくれた女の子は実際、れーコさんにはカレシがいたしその前のコだってオレの勘違いだった。ちゃんのあれもこれも、本当は誰にでも分け与える優しさの延長線だったら。そう思うと。通話ボタンの上空を彷徨った親指の着陸地点は結局今夜も消去ボタンの上だ。れーコさんに引き続きちゃんにまでフラれたらもう熱が出るどころの騒ぎじゃない。いつの間にやら気づけばもう、そのくらい想いが膨らんじまったんだ。ぽいと携帯を放り投げ、思考を張り巡らす。
「二人っきりで出かけたい、となると」
ちゃんと二人だけで出かけたのは以前、どさくさに紛れて誘った映画一回コッキリだ。あの時は町内会でチケットを貰ったとか、町内長に感想言わないと角が立つからとか再三言い訳を重ねて誘った記憶がよみがえる。
祝勝会と誕生日を兼ねてって言えば例え気乗りしてなくても一日くらい付き合ってくれるだろう。今回もきっと。多分。おそらく。無意識にまたもや保険を掛けてる自分に苦笑いが漏れた。
とにかく、とにかくだ。今日のふがいない試合を反省して明日からジムに顔を出そう。それから……その後ちゃんに電話しよう。大きな瞳を細めて頷くちゃんを夢見て、試合で打たれた顔がじんと熱を持つ。最初の一言、なんて切り出そう? どうやって誘おうか。そんなことを考えながら目を閉じた。