お昼過ぎに玄関のチャイムが鳴って、宅配便か何かかとドアを開けたらドーナツの箱を持った達也が立っていた。
「え?!出歩いて大丈夫?!」
「なーに、たいしたことねーよ」
なんて笑っているけど、昨日の試合は幕之内くんの初セコンド戦にもかかわらずそりゃあもう大荒れの一戦だったのだ。腫れた顔と減量疲れの残る落ち窪んだ目を見て、私は慌てて達也を部屋の中に招き入れクッションの上に座らせた。
「急に悪いな。今日休みっつってたから来ちまった」
「んーん。昨日はおめでとう」
キッチンで私がドーナツをお皿に移している間にも「カウンターに力は要らない」とか「拳は置くだけ」とか達也は昨日のことを喜び勇んで話していて、こうして私に向かって自分のことを積極的にホメるのに珍しさを覚えながらも、最近厳しい試合運びが続いていたから久々に勝てて嬉しいのだろうと聞き役に徹していた。
「ま、それもこれも勝てたのは一歩のおかげだけどよ」
「でも実際闘ったのは達也じゃない。カッコよかったよ」
カフェオレとお皿に乗せたドーナツをテーブルに置き、達也の隣に座るとすぐに体を引き寄せられる。つやつやおいしそうな抹茶のドーナツには目もくれず顔を近づける達也に体を預ければ、ぬるっとした温かい感触と共に血の味が口の中に広がった。
私はボクシングをしたことがないから分からなかったけど、試合でケガするのは顔とかお腹とか打たれたところだけじゃなく口の中も切ってしまうらしい。痛くないのかな。漠然と考えてる間にも唇は離れないばかりかどんどん深くなる一方で、長い長い時間をかけてようやく舌が解放された時には一段ときつく抱きしめられ、気付けば次の瞬間自分の身体はベッドに寝転んでいた。耳元で大きく揺れる吐息はくらくらするほど熱くて、意識が茹で上がりながらもなけなしの理性を振りかざして覆いかぶさる達也の胸を押し返す。
「……ダメ?」
前髪の隙間からじっとり私を見下ろす視線で溶かされる前にもう一度。
「そりゃあ、ダメでしょ。昨日の今日だし。まだ精密検査も行ってないのに」
「ムリ。ガマンできねぇ」
「急に吐き気したり頭痛くなったりしたら、お医者さんになんて説明するの?」
再び近づく額を突き合わせてにらめっこ。
「絶対安静です」
「……だーっ!!そうだよな!分かってるよ!」
は、私の勝ち。分かりやすくうなだれた達也は私の横にそのままごろんと突っ伏した。
「ごめんね」
「
が謝るこたねーよ」
「今日はゆっくり過ごして、夜は二人でお祝いしよ」
「んー」
「特別な日だもん、なにかおいしいもの食べようよ。食べたいモノある?リクエストあれば作るけど」
「……特別、って?」
癖のない黒髪がじゃらっと動いて、枕の隙間から険しい顔が垣間見える。
「だって『彼氏』の初祝いでしょ?」
ずいぶん昔から「木村さん」の試合を応援に行ってはいたけど、昨日が付き合ってから初めての白星。心配しなくたってちゃんと分かってるよ。って私の気持ちを察したのか、照れた可愛い顔が寄せた二回目のキスは甘く……はなくて、やっぱり鉄の味がした。
唇に柘榴
2021/05/24