※ちょっぴりお色気
「間違ってんだろこれ」
私のお気に入りクッションの上であぐらをかいた達也は、検査結果が書かれた紙をテーブルへ無造作に放り投げた。
「間違ってないってば」
キッチンから戻ってきた私はそれを手元のコーヒーと入れ替えて丁寧にファイルへとしまい込む。
他人にしてみれば些細な事柄なのかもしれない。だけど私には心の奥底にこびりつく劣等感を吹き飛ばしてくれる大事な大事な証明書なのだ。
「達也、どうして素直に「よかったね」って言ってくれないの?私がコンプレックスなの知ってるでしょ……胸、ないの」
検査結果、と言うのは別に深刻な病気などではない。先日ランジェリーショップでスリーサイズを測ってもらった結果のコトである。
なにせ私の周りにいる女の人はスタイルの良い方がやたらと多い。トミ子さん。真理さん。山口先生。どうしようもないとは分かっていてもお見かけするたび己の平坦な体との違いが嫌でも目に付いてしまう。そしていつの日か、その差はそのまま私の負い目へとすり替わってしまったのだった。
同じ女性でもドキドキするようなナイスバディ……いいなぁ。一回でいいから「胸が重くて肩が凝る」とか「胸が邪魔で足元が見えない」とか言ってみたかったなぁ。
こんな調子で会うたびぐちぐちうるさい私を見兼ねて、ついに昨日トミ子さんから提案を受けた。「一度お店で測ってみたら?」と。
「
ちゃんが思ってるブラのサイズがそもそも間違ってるのかも。ちゃんと測ってみるとサイズ上がったって人、結構多いんだから」
「ホントですかぁ?」
「そうよぉ~。ねね、この後行ってみましょう!」
「うーん」
この時は正直半信半疑で気乗りしなかったけれど、チェーン店でのティータイムを早々に切り上げ向かったお店ではトミ子さんの言葉通り、見事サイズが上がった数値が結果として返ってきた。決して先のお三方ほどのボリュームはなくとも、思い悩んでいたほど小さくはない。さっき達也がおざなりに放り投げた用紙がそれを数字で証明してくれたのだ。
「毎回言ってるが、ないコトはないって。ほら」
達也の隣に腰を下ろすと太い腕がにゅっとこちらに伸びてきた。片方は背中に回され、もう片方は大きさを確かめるように服の上から私の胸を撫でまわしている。
「ただあの数字は少し妙だなってだけで」
「お店で測ったんだもん、正確よ」
「
のオッパイのことなら店員よりオレの方が圧倒的に詳しいっつーの」
訳の分からない言い分はさておき、視線を落とすとしつこく這い回る達也の片手には私の膨らみがすっぽりと収まってしまっている。
確かにお店から返ってきたバストサイズは予想以上に大きくて違和感あったんだよねえ。密着する達也を好きにさせたままコーヒーをずず、とすすったら、カップを置いたタイミングでおでこのあたりにキスが降ってきた。
「いつまで触ってるの」
「んー?こうしてれば
ちゃんもシたくなるかな~ってな」
いつの間にやらその気になったらしい達也の視線はフランクな口調に反してじっとり濡れていた。背中に回った手が器用に侵入し、ぷち、と音と共に解放された肌と布の隙間に温い指先が滑り込んだ。
「ねぇ、やだ」
「気持ちいい?」
気持ちいい。
と素直に答えてしまうのが癪で黙ったまま達也の肩に顔を埋めると小さく笑ったのが振動で伝わってくる。気持ちいいって言ってるようなもんだって思ってるんでしょ。その憶測も恥ずかしくて顔が見えないよう更に達也へしがみついた。
だんだん体が熱くなって、頭の中が解けていって、1mmだけ宙に浮いてるみたいなふわふわした気分が波のように私を襲う。どのくらい経っただろう。甘ったるい手つきで私の弱いところをつまんだり擦ったりして攻め立てられ、いてもたってもいられなくなった私は身をよじると、テーブルが小さく揺れて世界が暗転した。
「あのねぇ!」
馬乗りになった達也へ大きい声を出したのは不快感からじゃない。さっき体を捻ったのと同じでとめどなく与えられる快感を握り潰そうとする意志が反射的に働いただけ。だけど、一瞬の間をおいて達也はそっと私から離れていった。
「ゴメンゴメン」
ベランダから差し込む春陽が困ったように笑う彼の隙間を縫って私の顔に降りかかる。さっきまでの勢いが嘘のように聞き分けの良い手がぽんぽんと頭を撫でた。
その表情。その感触。例えば欲しかった洋服が売り切れてた時とか、美容院で前髪を切られすぎた時とか、私がふてくされていると決まって行われる達也の「キゲン直せよ」の合図だ。
ああ、私が怒ったと思ったんだ。
「
?」
違うんだって気付いてほしくて、シャツの袖を伝って指を絡める。大きく見開いた目がぶり返した熱を閉じ込めるように薄く細められた。
「なんだよ。シたくなった?」
口をつぐむ私に間延びした声が追い打ちをかけるけれど、再び近づく唇から幾度となく繰り返される性急なキスはから彼の我慢の底が透けて見えるようだった。
「
ちゃんの口から聞きてぇなぁ」
いつもそう。どんなにけしかけたのが向こうからでも、こういう時の肝心な一言は私から言わせようとする。ずるい。ずるいずるいずるい。
でもずくずくにとろけきった体と頭はもうそんなコトなんだってよくって、私は絡めた指に力を込めた。
「したく、なった」
言い終わらないうちにがぶりと唇を塞がれた後、達也は切羽詰まった顔で舌なめずりをした。
なんだっていいよ
2022/04/27