「くーっ!面白かったッスね、
さん!」
「うん!やっぱり次のヒーローとの初共演は毎回熱いよねぇ」
向かい合わせに座る私と鉄虎くんの間には、注文した私のクリームソーダ、鉄虎くんのサンドイッチとコーラ、それから鉄虎くんが好きだと言っていた特撮ヒーローの映画パンフレット。丁寧にページをめくりながら交わす会話は、手元で立ちのぼる泡みたいに次から次へと現れては消えてゆく。
「しかも今回は初代レジェンドまで一緒に戦ったじゃないスか!」
「うんうん。あ!このシーン、ここの3人の決め技が初代最終回のオマージュでヤバかったね!鳥肌立った!!」
「おお、さっすが
さんは分かってるッスね。初代から最新ヒーローに受け継がれる必殺技……!たまんないッス!」
今思えば馬鹿みたいに私はこの時浮かれていた。
好きなヒーローの最新作映画を初日に観れたこと、
映画の内容がとても面白かったこと、
一緒に観に行ったのが鉄虎くんだったこと、
学校では普段見る機会のない鉄虎くんの私服姿がとてもとても格好良かったこと。
すべてが私を狂わせる要因でしかなくて、ソーダの上のアイスがすっかり溶けてしまったことにも気付かないくらい、目の前の彼と、彼との会話に夢中になっていたのだ。
「あぁー俺もあんなヒーローに早くなりたいッス!」
「ふふ、鉄虎くんはもうヒーローじゃない。流星ブラック!でしょ?」
「いや、まぁそうかもしれないッスけど、俺はもっと……そう、こんな風な!かっこいい男の中の男!って感じのヒーローが目標ッスよ!」
だから鉄虎くんがパンフレットをぱらぱらと遡って、映画の主人公が大きく載ったページを私の目の前に突きつけた時
「私は鉄虎くんの方がかっこいいと思うけどな」
だなんて普段なら決して言わないような本音がつい口から零れ落ちてしまったことに気付いたのは、耳まで赤くなった鉄虎くんの顔を見た後だった。
「あ、えっと」
「俺も!」
慌てて弁解しようと口を開くが、それを遮るように鉄虎くんの声が大きく響く。
「俺も、このヒロインより
さんの方がカワイイって思うッス」
グラスの氷がカラリと音を立てる。じんじんと顔が熱くなっていくのが自分で分かった。ちょこんと八重歯を覗かせてはにかむ鉄虎くんをそれ以上見れなくて、私は何も言えなくなってしまった。
そんなやり取りがあって早数十分。さっきまで全く耳に入ってこなかったボサノヴァ・ミュージックが緩やかに巡る店内で、炭酸の抜けたクリームソーダを尚もくるくるとかき混ぜる。ちらりと目の前の鉄虎くんを盗み見るとベーコンたっぷりのクラブサンドを未だ黙々と頬張っている。どうしてこんなことに?どこで間違った?いくら心の中で繰り返したところでさっきのアイスと共にグリーンの渦に溶けてしまった私の思考能力では答えなんて見つからない。
助けてヒーロー!
こればっかりは目の前のヒーローに頼めそうもない。開かれたままパンフレットへ強く念じてみるものの、目の覚めるようなエメラルドグリーンの瞳はただ笑みを浮かべるばかり。
「サイダーとアイスのように結ばれて」
2019/10/15加筆修正