なんだよ。普通の女の子じゃねえか。
正直それがルーキーの第一印象だった。
いや、この壁の中で「普通」とはなんだと聞かれればそれまでだが、着慣れないアウタースーツに身を包み不安げにアーセナルから降りてきた彼女はとてもじゃないが戦闘向きには見えなかったし、パーラーでアイスクリームを選ぶ嬉しそうな顔も、オーダーの合間にハンガーの犬と遊んでいる姿も、戦場なんざまるで無縁に見えた。
忘れたわけじゃない、はずだった。
「なに?ルーキーがアーセナルから降りてこない?!」
4基目のブラックロータスを破壊して戻ってくると何やらハンガーが騒がしい。メカニックの兄ちゃんに事情を聞けば、オレたちと一緒に帰還したルーキーがアーセナルから出てこないらしかった。
「生体反応に異常は見られないんですが、ハッチが開かないんですよ」
「中で居眠りこいてんじゃねえの?」
帰還シーケンスを展開するとアーセナルは自動操縦に切り替わってここまで勝手に連れてきてくれる。長丁場のオーダーなんかじゃ疲れていつの間にか寝てしまうことはアーセナルに乗る者なら一度は経験があるはずだ。
現にルーキーはブラックロータスの破壊オーダーを立て続けに受けている。疲労が溜まっていておかしくない。
ふとオレはロッカーの中の「あるもの」を思い出し、早足でバレットワークスの専用エリアへ向かった。
前にルーキーとプレジャーガーデンに行ったことがある。正確に言えばルーキーとオレとビショップの3人。妙な顔ぶれだろ?もちろん遊びにいったんじゃねえ。准将の「おつかい」で、だ。
准将からはホライゾンが開発中の武器に関する機密データの受け取りだと命じられた。しかし今思えばあの頃から准将や何人かの傭兵はグリーフの動向を探っていたようだったから、それに関するデータだったのかもしれない。
ともあれビショップがハッキングで身元を誤魔化している間にオレとルーキーで職員からデータを受け取り、帰還する手はずだった。
当日は雨が降っていた。訪れる人は皆傘を差したりレインコートを着て園内を歩いている。人目を避けたい今回の仕事にはもってこいの天候だ。よかったな、とオレが言ったら隣のルーキーは傘をくるくる回しながら声を荒げた。
「全っ然よくないです!こんな雨じゃ今日のパレード中止じゃないですか」
「お前なあ。遊びに来たんじゃないんだぞ」
「分かってますよ。でも時間が被ってたから通りすがりにでも見れたらいいなーって楽しみにしてたんです。……はぁ、せっかくプレジャーガーデンまで来たのに何もせず帰るなんて」
むくれっ面と言うより寂しそうな横顔を傘にしまって、それ以降ルーキーは口を閉ざした。
まあ、なんだ。ルーキーの主張にも一理ある。その時は何故かそう思っちまった。決していつもと違うワンピース姿のルーキーになにか思ったとかそういう訳ではないが、オレはちょうど目に入った小さなテントの下へルーキーを引っ張っていった。
「こんばんはーっ!」
オレと訝しげな様子のルーキーの前には元気が底なしの従業員。それからお菓子やちょっとした小物が所狭しと並んでいる。
「耳でも買ってけば「なんかした感」出るだろ」
テントの下は簡易的な売店になっていた。レジ横に売られている猫やら犬やらの髪飾りを指で示せばルーキーの顔にパッと晴れ間が覗いた。
「……いいんですか?」
「指定の時間まであんまりねえから悩むなよ」
「はいっ!」
はつらつと返事をしたルーキーは眩しそうに目を細めキョロキョロと見渡した後、売り物の中で一番小さいアクセサリーの袋を手に取った。
「これにします」
ルーキーの手からそれが離れる前に横からかすめ取り、会計してもらう。
「ジョニーさん?」
「先輩の奢りだ。ありがたく思えよ。ルーキーちゃん」
ところが、満面の笑みを浮かべたルーキーの奥では従業員の姉ちゃんが同じようににっこりと笑顔を作り、手のひらサイズの購入品よりも何倍も大きめの手提げ袋を用意したのだった。
「あ、袋は大丈夫です」
その様子を見たルーキーが慌てて制する。
共同体から発令された正式なオーダーでないにせよ、今は上司から受けた任務の途中。おそらくルーキーはポケットに忍ばせておけるサイズなのも考慮してそのアクセサリーを選んだようだがそんな事情はもちろん他人が知るわけもなく、買ったアクセサリーの後を追って脇に売られていたキャンディの缶が袋の中へと吸い込まれていった。
「これ、オマケに入れておきますねっ!」
「……や、いいっすよ。悪いし。なぁ?」
「ですです」
「雨の日は皆さんにお渡ししてるんで気にしないでください。閉園までもう少しですけど、この後もデート楽しんでくださいねっ!」
「で……」
結局断り切れずにキャンディの入った袋をぶら下げ帰還したオレたちがビショップから腹いっぱい皮肉を食わされてしまったのは言うまでもない。
あの時のキャンディはアクセサリーのお礼にとオレがもらったが、特別甘いものが好きというわけでないため実は手つかずのままロッカーに入れっぱなしだった。
しかしオレと違って甘いものに目がないルーキーだ。少しは疲れ直しになるだろうと思い、取りに来た次第だ。
そういやプレジャーガーデンから戻ってこの缶をロッカーに仕舞う時、まだ准将のところへ報告へ行く前にもかかわらず、鉢合わせたドレイク姐さんにからかわれたっけ。
「随分楽しい外出だったようさね、坊や」
怖いくらいご機嫌な姐さんの声色を思い出しながらロッカーの奥に転がっている乙女趣味な缶を掴む。一応裏を見ると賞味期限はまだまだ先だ。つまりあの会話をしたのは……姐さんが生きてたのはそんなに昔のことじゃないんだとふと気付き、寂寞感が胸を刺した。
「起きろよルーキー!ハンガー着いたぜ」
缶を携え戻ると整備用の階段を上がり、依然閉ざされたままのアーセナルのハッチへ近付く。大きめに何度かノックすると、たっぷりと時間をかけてようやくルーキーが顔を見せた。
「おはようございます」
その顔が酷いのなんの。思わずキャンディの缶を落としそうになった。
「なっ……なにするんですか?!」
狭いコックピット内にむりやり体をねじ込んでもう一度閉める。慌てるルーキーの頬にこびり付いているナメクジの跡を空いている手で拭ってやった。
「……その顔、誰が見たって寝起きじゃねえことくらい分かるっての」
ルーキーはバツが悪そうに愛想笑いをうかべた。
「どうした?」
「いえ、なんでも……」
「なんでもないことあるもんかよ」
煙に巻こうとするルーキーに視線で答えを強請る。すると、観念したようにか細い声が一粒落ちてきた。
「不安になったんです、何もかも」
「不安?」
「人類の在り方を勝手に誰かが決めるなんて絶対におかしい。グリーフは何としても止めなきゃいけないのは分かってます。でも、イモータルの目的が人類の排除ではなかったように、私たちがやっていることも、本当に正しいんでしょうか」
ルーキーは唇を噛んで俯いた。
「この先、私は何度誰かに銃を向けるんでしょうか。何度誰かを見送るんでしょうか。こんな戦いは、いつまで続くんでしょうか」
「ルーキー……」
「バカですよね。今更後には引けないのに、何だか余計なことを考えてしまって」
そう言ってまた頬に落ちる雫をルーキーは自分の指で拭った。涙の粒は指を伝って滑り落ち、左手に付けているブレスレットの「プレジャーガーデン」のロゴを濡らした。
うまく言えねえが、コイツは他の傭兵とは違う「なにか」を持っている気がする。
初めてギガントクラスと出くわしたあの時からルーキーを中心に少しずつ物事が動き出して、あっという間に傭兵の……オーヴァルリンクの中心人物になっちまった。
誰もが期待する。頼りにする。
「ルーキーならやってくれる」と、この細い背中にオレたちは何でもかんでも乗せすぎちまったんだ。
「ルー……
」
中身は普通の女の子だってのに。
「大丈夫。お前は十分やってる。何も間違っちゃいねえ」
オレは無意識に両手でルーキーの涙を拭った。キャンディの缶が足元で鈍い音を立てたのも耳に入らなかった。
「お前は一人で戦ってるんじゃないんだ。准将も、エンプレスやセイヴィアーや……オレもいる。分け合う仲間ならいつだって側にいるだろうが」
召集がかかるな。誰もコイツの名前を呼ぶな。頼む。1秒でも長く、このまま。
震える肩を引き寄せて、ただただここに降る静かな雨が上がるのを祈るしか出来なかった。
DROP
2022/06/26