エドモントンの戦いから数年。
テイワズ直系団体となった鉄華団は急成長を遂げ、オルガ団長は火星本部を空ける日が増えました。
それに伴い代役を担うユージン副団長、そして少し前に地球支部から戻ってこられた副団長のお二人も多忙を極めています。

本日も遅めの昼食を摂る副団長たちを頼って、昼下がりの食堂では団員の声が絶えず響いていました。

「副団長……あ、副団長!おやっさんがこれ渡してほしいって」
「すいません。これ分かんなかったらさんに聞けってダンテさんに言われたんすけど……ありがとうございます!」
「あの、ここの団長承認、今日はさんでいいですよね?」

じゃなくて『副団長』な」

ユージンさんが不服そうにタブレットを奪うと、デルマさんは苦笑いをしてそそくさと食堂を出て行きました。
「ねえユージン。そういう言い方しないの」
ユージンさんの隣に座っていたさんは見かねて諭しますが、タブレット画面を叩くユージンさんの眉間にはしわが寄っています。
「ったく。が戻ってきた途端どいつもこいつもってよ」
「私担当の内容だからでしょ。ちなみにそれ、希望休リストだと思うけど」
ユージンさんの手がピタリと止まったところを見るに、どうやら中身はさんの予想通りなのでしょう。
「次のシフトはユージンが調整する?全員分」
「……お前に任せる」
クスクスと肩を揺らすさんに、ユージンさんは頭を掻きながらタブレットを渡しました。

書類仕事に長けたさんと、現場での指揮を担うユージンさん。
普段は良い塩梅で仕事を分担されていますが、なんせ本日から月の最終週。諸々提出物の期限が多いこの期間は必然的にさんに用がある団員の方が増えてしまいます。
「ちなみにこれは格納庫の備品入出庫記録と在庫表でー、こっちは来月分の消耗品購入リストだね」
さんは食べかけのプレートへ再びフォークを動かしながら、すでに何枚か積み重なっているタブレットを指さします。
「そーいうの、俺もちったあ覚えねえと……って思っちゃいるんだけどなぁ」
「ま、その分現場のコトはユージン任せだしお互い様だよ」
「役割分担、ってヤツだな。ふくだんちょーさん!」
矢継ぎ早にかかった次の”副団長”コールは、2人の正面にドカッと腰を下ろしたシノさんです。
「ってことでひとつ『ユージン担当』の話があんだけどさー」
「あ?」
「午後のモビルワーカー演習、追加してえ内容があってよ。団長いねーし相談していいか?」
ユージンさんが頷き、シノさんとユージンさんはさっそく話し込み始めます。しばし二人の様子を見守っていたさんも、やがて食事を口に運びつつ手元のタブレットに視線を落とし、確認作業に勤しむのでした。

それぞれが役割を担い、互いにフォローし合う関係。団長不在の穴を埋める彼らの姿が確かに鉄華団の日常を支えているのだと実感します。
頼もしい思いで皆さんの様子を見ていた、のですが。

「ところでよぉユージン。久々に今晩あたりどうよ?」
シノさんのこの一言で突如和やかな空気は一変しました。
「いー店みっけたんだよ俺」
相談事が一段落したのかおもむろに立ち上がったシノさんの声色には、先ほどにはないどこか浮かれた雰囲気が宿っています。
「……酒なら先週も昭弘達と呑みにいったろ」
「じゃなくてぇ~ほら、おねーちゃんの……」
「だぁーっ!!”そっち”は行かねえ!!」
するとシノさんの言葉を遮り、突然大声で立ち上がったユージンさん。隣のさんはもちろん、人のまばらな食堂中の視線が一斉にユージンさんへ集まりますが、シノさんは動じずむしろ楽しそうに話を続けました。
「なんだよ、最近つれねえなぁ。この前行った店でよ、お前好みのオッパイがこーんな」
「俺は忙しいんだよ!つーかがいるところでそーゆー話すんな!マジで!」
「はぁ?なんだぁ今更」
会話の内容に感づいたのであろうさんの表情がみるみるうちに曇っていきます。しかし彼女の彷徨わせた視線が偶然私と合うとすぐにいつもの柔和な笑顔に戻り、そしておどけたように肩をすくめてからこちらに近づいてきました。
「デクスターさん」
「はい、副団長。どうしました?」
「お食事中すみません。格納庫の在庫表が届いたので、今日中にチェックして共有フォルダに入れておきます。後続対応、週内で大丈夫なのでお願いしますね」
「ええ、かしこまりました」
さんは穏やかに業務の話を終えると、ふっと声を潜めました。
「あと……あそこのバカふたり、うるさくてスミマセン」
彼女が目を向けた先では、シノさんとユージンさんがいまだ白熱した討論を繰り広げていたのでした。

「だいたいよぉ、金払ってちやほやされて満足する時代はもう終わったね、俺は。愛っつーのは金じゃ買えねえ。そんで本当の『愛』ってのは意外と近くにあったりしてよぉ……なっ、……?!」
シノさんに熱弁を振るっていたユージンさんが、すでに食堂を出ようとしているさんに気付き慌てて追いかけます。
「なあ勘違いすんなよ。俺はシノとは違ぇ!」
「お気になさらずっ。ユージンが自分のお給料何に遣おうが私にカンケーないし」
さんは冷静ですがどこか刺のある言い方で彼を一瞥し、ドアへ手をかけました。
「私がチェックするのは経費だけだから安心して」
「聞けよ!聞けってば!」
足早に去っていくさんとユージンさんの背中を不思議そうに見つめたのは、入れ替わりに食堂へ入ってきたライドさんでした。
「シノさん……やっぱ副団長同士でも力関係ってあるんすかね?」
豪快に笑い出したシノさんにつられて食堂のあちこちから沸き上がった笑い声が、束の間食堂全体を包んだのでした。
The unbirthdays
2025/05/26