※ちょっとセンシティブな話有 暗いかも

「ああいう店にはもう行ってねーんだって!」
やいのやいのと付いて回るユージンの声を背に、パソコンが立ち並ぶ作業室の明かりを付ける。
回収したタブレットを置いて、パソコンの電源を入れるより先に備え付けのポットへ歩み寄ったのは食堂で飲みそびれた食後のコーヒーを用意するためだ。
「だから怒んなよ
「怒ってないし。ていうか私が怒る理由ないし」
「だったらなんでそんな顔してんだよ!」
「元からこんな顔ですけど?!」
溶かしたばかりのインスタントコーヒーが渦巻くカップと、ついでにデルマが持ってきた希望休リストのタブレットもユージンに押し付ける。
「ヒマしてるんなら入力手伝って」
そう言ってパソコンを立ち上げる私の隣に、ユージンは一呼吸置いてからもの言いたげな表情で腰掛けた。

「俺は行ってねーし、これからも行かねーからな」
「はいはいしつこいよユージン。いちいち言わなくていいってば」

男の人は女の体の何にそこまで惹きつけられるのだろうか。
枕営業・ハニートラップ・美人計――女の体を買ったり、利用したり、溺れたり。そんな話は昔から尽きない。
現に鉄華団で働くようになってからも、仕事が終われば夜の店に出向く団員の姿を私は何度も見ている。
――例に漏れずこの男も。
ちらりと横目で見たマスカットの瞳は私の視線を受けて不満げに細められた。

「プライベートのことなんだからどうぞご勝手に。ただ私は、相手がどんな人だろうが、お金払って好きでもない人とそういうことしたいって気には絶っ対!ならないけどね。ユージンみたいに誰でもいいって感覚、ちょっと理解できないかな」
「誰でもいいなんて言ってねえだろ!」
「じゃあどういう基準?顔?胸?」
「それは……」
一口含んだコーヒーはざらりと粉っぽい感触がした。やっぱりコーヒー、アトラにお願いしたらよかったな。そんなことを考えながら視線を戻したパソコン画面には入力途中の売上報告の数字が冷たく映し出されていた。
「ねえ、もし相手が私だったら、ユージンはどう思う?」
「……はぁぁ?!」
分かりやすく肩が跳ねたユージンの椅子が小さく悲鳴を上げた。
「お、お前何言って……」
「鉄華団が追い詰められてどうにもならなくなった時、もし、そういうことで解決できるとしたら――その時は私でも務まると思う?」

『女の体を買ったり、利用したり、溺れたり。そんな話は昔から尽きない』

つまり、それで世界が動くことが往々にしてあるということだ。
鉄華団の総資産は長らく右肩下がり。今月も。毎月打ち込むデータがその事実を突きつけてくる。
鉄華団の未来は猫の足取りでゆっくりゆっくりと、でも確実に傾いてきている。これはただの不安じゃない。ユージンだってきっと分かっているはずだ。
「みんなを生かすために何かを諦めなきゃいけない時がいつか来るかもしれない。ユージン、前に言ってくれたよね?私達2人で『副団長』やるんだ、団長を支えるんだって。だから想定できることはどうするか決めておかなきゃいけない」
するとユージンは真っ赤になった顔に動揺を滲ませ、今度は椅子をガタリと鳴らして立ち上がった。
「ふざけんなよ
「ふざけてなんかない!だって私しかいないでしょ?アトラには三日月がいる。メリビットさんには雪之丞さんがいる。けど私は」
「お前には!!」
唇を噛んだユージンはその後を紡ぐことなく押し黙った。
「もしもの話だよ。本当にどうしようもない時の。そんなことにならないよう、毎日交渉術や外交のこと勉強してるわけだし。それに戦いが起きたって、ユージン達が何とかしてくれるもんね」
「ああ」
「でも、私は前線で戦うわけじゃないけど、自分の体を張る覚悟くらいは持ってる。忘れないで」
ユージンは小さくため息をつき、ゆっくり椅子に座り直した。
「どんな状況でも、オルガがそんな手段許すはずねえ」
「そうだね。だからユージンに頼んでるの。その時が来たら……私を使うって団長に言って」
揺れる黄金色をいくら見つめても、いつもの軽い笑みと返事は返ってくることがなかった。
その未来
2025/08/31