今日はいろいろなタスクが重なったせいで仕事を片付けるのにずいぶん時間がかかってしまった。
パソコン室の戸締りを済ませ、空きっ腹を抱えて向かった食堂には日中の活気はすでに無く、食事を摂っている人はもう誰もいない。唯一厨房の辺りだけ点けた照明の下で頬杖をついていたアトラはきっと私達のために残ってくれていたんだろう。
今から洗い物を増やすのは申し訳ないと思い、使い捨てのお弁当箱に詰めてもらった夕食を2つ手に持って、外へ出た。

「見て見てユージン!今日すっごく星がきれー!」
2つのうち1つは最後まで一緒に仕事をしていたユージンの分だ。
格納庫の段差に並んで腰掛け、ついでに拝借した見回り用のランタンを間に置いて、夜のピクニックは準備万端。
お弁当箱の蓋を開けるとほんわりと立ちのぼる温気が鼻をくすぐり、待ちきれないとばかりにお腹の虫が催促をはじめた。
「明日も晴れかな~」
「だといいけどな。明日搬入多いし」
世間話を交わしながら私は着々とポレンタを胃に収めてゆく。しかしユージンは私の顔を妙に見つめながら箱の中身をこねくり回してばかりいた。
「お腹空いてないの?」
気になって声をかけると、ハッとしたようにユージンはスパムのかけらを一すくい口に入れた。
「や、今日なんか用事あったんじゃねえの?って思ってよ。昼間すげー時間気にしてたから」
「あー」
私が定時で上がろうとしてたの、バレてたんだ。
「別に用事は無かったんだけど、早く仕事終わらせたかったのは正解」
「ふーん」
苦笑いを浮かべながら答えるも、すっきりしない表情でなお視線を寄越す瞳は回答、というより理由を知りたがっているのだろう。
「ね、一つ聞いてもいい?」
「あ?」
「ユージンってさ、自分の誕生日知ってる?」

鉄華団にはいろいろな境遇の人たちがいる。
物心ついた時から孤児だった人や、私やユージンのように小さい時に両親を亡くした人――積極的に話す内容でもないので全員の身の上を知ってるわけじゃないけれど、そういう関係で自分の誕生日を知らない団員も大勢いるため、ここでは誕生日を祝う習慣がないし、話題に出すこともない。
その上であえて話を振ったのは、ユージンとはすでにお互いの過去について話していて境遇が似ていること、つまり「誕生日」にコンプレックスを持っていないだろうと思ったからだ。

「まあ一応、な」
やっぱり。
「私も覚えてるんだ。自分の誕生日」
「いつ?」
「今日」
「……マジ?」
目をまんまるにしたユージンの手元から、口に入るのを待っていた次のスパムがぽとり、ときれいに落ちてゆくのを見て思わず笑ってしまった。
「ホントホント。だから仕事が終わったら自分へのプレゼントに欲しかったものぱーっと買いに行こうと思ってたんだけど、シノがヘンテコな数字の決裁書寄越すせいでこんな時間になっちゃった」
「あんの野郎……明日シメるか」
「ぜひともよろしくお願いします」
ひとしきり笑い合った後、ユージンの先割れスプーンが私のお弁当箱に伸びてきた。大きな手はすぐに離れ、中を覗くとデザートのカットリンゴが1つ増えていた。
「とりあえずおめでとう」
「ふふ、ありがと」
私にでも鉄華団のためにやれる仕事がある。隣には優しさを分けてくれる仲間もいる。当初の予定は叶わなかったけど、こんな夜も決して悪くはない。
さっそくユージンがくれたリンゴを齧ると、辺りに甘ずっぱい匂いが広がった。
「ところで。聞くだけ聞くけど、何買うつもりだったんだよ」
「えーっ!もしかしてユージンがプレゼントしてくれるのーっ?!」
「聞くだけっつったろ!」
そう言って顔をしかめたユージンだけれど、何を考えているかなんて私にはお見通しだ。
きっと明日になったら「荷物持ちしてやる」とかなんとか言って私の買い物に付き合う気でいる。そして私がカゴに放り込んだものをひょいと攫ってお会計してしまうんだ。と、いうことで
「そーだなぁ~、おーっきな宝石の付いた指輪がほしいんだけどぉ~」
とわざとらしく手の甲をユージンに向けてそう言ったのは純粋に冗談でしかない。けれど、笑って言い返してくれる予定のユージンは口をきゅっとすぼめ、ヘンな顔のまま黙ってしまった。
「そ、そういうのはもっと段階踏んで……10年後とかによ……」
段階?10年後?
何を言ってるんだと首をかしげたが、結果的にそれが『指輪をねだる私』に対する反応だと気付いて一気に顔が熱くなった。
しかも私は左利きで、とっさに前に出したのも左手だったのが余計まずかったかもしれない。ユージンがそこまで理解してるかは分からないけど……でも結構ロマンチックなところあるからなぁ。ユージンって。
「じゅ……10年経ったらホントにくれるの?」
さっきのユージンのように箱の中身をつんつんこねくり回しながら、頭の中では投げかけられた言葉がぐるぐると渦巻いていた。
ユージンの言葉をそのまま受け取ると、私に指輪を贈るには段階を踏んで10年後くらいが適切とユージンは考えているわけで、それってつまり……?!
甘い予感が体を走り抜けて、心臓がスピーカーをつけたようにドキドキと騒ぎ始めた。
「そんな先のこと、どうせ忘れちゃうよユージンは」
「忘れねーよ。これから毎年こーやって祝ってれば忘れるわけねえだろ」
赤い耳でそっぽを向いた彼の顔はもう見れなくて、代わりに見上げた夜空は満天の星が輝いていた。

その中の、一際輝く一番星に向かって密かに祈る。
この先も、彼の思い描く未来に私がいますように。
そして願わくば、10年後も、その先もずっとユージンと一緒にいれますように、と。
星に願いを
2025/10/04